あなたが白制服に着替えたら、それが恋のはじまり




「優勝した『風神雷神』は素敵でしたね」
「ええ。お父さんたちの『酒呑童子』も見ごたえがあったな」

祭りの興奮も冷めやまぬ二人は一緒に帰路を歩いていた。この時間でも沿道を歩く観光客はまたまだ沢山いた。

町中になりますます人が増えてきた。そんな中を歩き慣れていない夏帆は通行人と肩がぶつかりそうになる。成瀬も思わず手がでそうになる。そして道行く先を確認するように見渡した。

「この時間でも人が多いですね…」

「はい。今日はどこの居酒屋も満席ですから。だから父もねぶた慰労会は半年前から予約するんですよ」

毎年のことだとばかりに夏帆がフフっと小さく笑った。成瀬もつられて微笑んだ。

「そういえば職場の人に教えてもらったんですが、焼きカレーで有名なお店があるんですか?」

「ありますよ。国道の海岸線沿いに。こじんまりしたイタリアンのお店でインテリアも可愛いんですよ」

ランチはお得に食べることができるので休日に真希と足を運ぶこともある。

「下北グルメの雑誌によく登場するお店で、サラダにかける手作りドレッシングがものすごく美味しい!」

話に夢中になっている夏帆は再び対向者と肩がぶつかった。よろける夏帆に成瀬は足を止めた。

「夏帆さん。人の波をよけるの下手過ぎます。心配になるレベルです」

「そ、そうみたいね……」

滅多に見れない成瀬の呆れ顔を見ると、夏帆は恥ずかしくなって照れた。するといきなり成瀬が夏帆の手首を取ったかと思えば、自分の指と夏帆の指を絡ませてきた。
それはお互いの指と指を交互に絡ませる恋人繋ぎであった。

「これで大丈夫だな」

成瀬はニコッと微笑むと、夏帆の手を繋ぎながら人混みをリードして歩きだした。

(えっ、えっ? 手つないでますけどっ)

(先ほどのバックハグもどきとは比べ物にならないくらい触れ合っていますけどっ!)

突然の手つなぎに夏帆の頭は軽いパニック状態で、ただただ頬を染めて成瀬に身を任せるしかなかった。ようやく本通りを抜けて家に続く脇道に入った。しかし成瀬はまだ手を離さない。

(嬉しく倒れそう。このままでいいのかな…?)

口に出したら指を解かれそうで夏帆は喋ることができない。隣を歩く成瀬もずっと無言だった。夏帆の鼓動は促迫するばかりで、その脈動が指を通して成瀬に伝わってしまうのではないかと心配になるほどだった。しかしここで夏帆があることに気がついた。

成瀬の手のひらが汗ばんでいる。

(緊張しているのは私だけじゃないってこと?)
 
もしかして成瀬さんも……とよぎったところで、ついに成瀬が沈黙を破った。

「八月十日が夏帆さんの誕生日だと聞きました」

「ええ、そうです」

「予定はありますか?」

「えっと、三人で誕生日会をするのかと……」

父親にそう言われたが、それは予定に入るのだろうかと夏帆は頭で考えた。すると成瀬が視線を下ろした。

「夏帆さんのお父さんには了承を得たんですが……」

「父に?」

今度は成瀬の真剣なまなざしが夏帆に向けられた。

「夏帆さんの誕生日、二人でディナーに行きませんか?」

夏帆はその意味がわかるまで口を開けてフリーズしてしまう。

(成瀬さんと二人きりで、ディナー…)

(それって……デートだよね⁉)

意味が分かった途端、夏帆は成瀬からとんでもない提案を受けていることに驚いてしまう。

「どうでしょうか?」

成瀬が困惑気味に返事ができない夏帆に視線を向けてきた。誕生日に成瀬とディナーなんて、夏帆にとっては人生最上級のプレゼントだ。

(成瀬さんが私にデートを申し込んでくれたの? これが夢であっても断るなんてできない!)

「よ、喜んで!」

夏帆は爆発しそうな心臓を抑えて、ようやく声がでた。

「ありがとう」

成瀬もホッとした表情になった。そして再び歩みを始めた。

「お店はあのイタリアンにしましょうか」
「は、はい」

夏帆は地球がひっくり返るのではないかと思うほど嬉しかったし、感極まって泣き出しだしそうだった。

(私、恋愛の対象になっているの?)

(成瀬さんも私と同じ気持ちなの?)

夏帆は成瀬にそう訊ねたいが、口を開けばバクバクな心臓が飛び出してきそうだった。

そして家の門扉の前に着いた。成瀬が止まった。夏帆が顔を上げると成瀬が熱のこもる目で自分を見ていた。鈍感な夏帆だって大人ムーディな雰囲気はわかる。

(もしかして…今夜、誘われる?)

「夏帆さん…」
「…はい…」

成瀬は夏帆に身体を向き直した。

「ディナーのときに伝えたいことがあります」

夏帆を見つめる成瀬の視線には熱がこもっている。その雰囲気からも成瀬が好意を持って誘っていることは夏帆にも十分に伝わっている。

(ディナーの席でなら……告白?)

夏帆もそう期待してしまう。成瀬に恋をしている夏帆はのぼせそうになってしまう。こうやって冷静に言葉を交わすだけで精一杯だ。

「さ、入りましょう」

ごく自然に成瀬は指を解くと門扉を開けて夏帆を先に通してくれた。夏帆は緊張したままバックから鍵を取り出した。手つなぎは終わったが二人に立ち込めるムーディーな雰囲気は久しぶりに夏帆の欲を刺激してくる。

(もし今夜、成瀬さんに誘われたら私、受け入れてしまいそう…)

期待が膨らむ夏帆がゆっくり鍵を回すとスカッと空振りした。

「ん?」

玄関扉はすでに開錠しており、玄関にはたくさんの靴が散乱していた。そしてリビングからは、やたら陽気な声が漏れてきた。

「お父さん、帰ってますね」
「だいぶ賑やかですね」

なんだか成瀬も安心しているように見えた。中に入ると父親と愉快な仲間たちが、ねぶた祭りの慰労会を開いていた。

「成瀬、夏帆すまんな。宴会の予約をし忘れて、どこの店にも入れなくてな。仕方なく家でやってるんだ」

だいぶお酒の入った父親は上機嫌に説明した。仲間のおじちゃんが成瀬を見上げていった。

「兄ちゃんが夏帆の婿さんか。こりゃあ、えらいイケメンだなぁ」

ははっと大口で笑った。夏帆はたまらず否定しようとした。しかし成瀬が大丈夫ですよと目配せをしてきた。

「成瀬柊慈っていうんだ。こいつは性格もいいし、真面目だし、言うことなしなんだよ。ほらっ、成瀬も一杯どうだ」

完全に酔っている父親にグラスを渡された。
成瀬は少し困り顔になりながらも「では、少しだけ」と輪の中に入っていった。おじちゃんだちに揉まれながらも楽しそうにお酒をもらう成瀬をみて、夏帆はほっこり笑みが漏れてしまう。

今夜はもしかして……と期待した夏帆であったが、今日は成瀬の気持ちをほんの少しわかっただけでも十分に幸せな日だった。

(私には大切な恋。
 期限付きの同居だけど、どこまで距離を近づけることができるかな)

今のこの幸せな時間をしっかりとかみしめよう。夏帆は心に決めるのだった。