あなたが白制服に着替えたら、それが恋のはじまり




小湊ねぶた祭り、当日。

日中は真夏の快晴だった。父の佳孝は朝から法被を着こんで気合十分だ。

「ようやく作品を台上げできたんだ。今年は電球の配置もばっちりだし大賞は間違えなしだな」

まだお酒は入ってないはずの父はずいぶんとご機嫌であった。ねぶたの作品の多くは、歴史的な物語を題材に構想を練られている。武将であったり伝説の生き物白蛇であったり。その絵を設計図として角材で支柱を組んでゆく。ねぶたの内側に照明器具を取り付けることで幻想的な光を放つ巨大な灯篭となる。出来上がった骨組みに奉書紙を貼り付けたら、墨で形をとり色付けを行う。これでねぶた本体は完成する。

そして装飾の施された台車にねぶたを皆で乗せる。これを”台上げ”と呼び、製作者たちの感動の一瞬だ。父は朝から準備で出かけていた。夏帆も午後から現地に入り運営のお手伝いとしてやってきた。

ねぶた祭りは十八時半からスタートする。関係者たちにお弁当と飲用水を配るのが夏帆の役割だ。十五時。すでに会場には出場するねぶたが集まっていた。
父親たちのグループはエントリー三。

準備を終えた人たちは設置されたテント下で休憩をとっていた。夏帆はそこで手配したお弁当を配った。父と昔からの知り合いであるおじちゃんばかりだ。

「今日も暑いですからしっかり食べて、水分も取ってくださいね」

夏帆がそう言ってお弁当を配ってゆく。

「ありがとう夏帆ちゃん。あれ? なんだか綺麗になったね。いい人でもいるの?」

(素敵な人に片思いはしているけど……)

夏帆は心の中で答えつつも苦笑いでその場を濁した。

「夏帆ちゃんもいい歳だろ。佳孝もそろそろ男を探してやらんと」

すでにビールが入っていたおじちゃんは大口を開けて笑った。いつものことだけど丁寧に相手をすると少々疲れてしまうこともある。

(ささっと片付けて、成瀬さんと合流しよう)

夏帆は仕事の手を休めなかった。ふと見ると父親は法被を着たまま食事をとっていた。

「あれ、お父さん。もしかして、ねぶた引きに参加するの?」
「ああ、今年は引き手をすることになった」
父親は何食わぬ顔で弁当を頬張っていた。
「そう……えっじゃあ」
「成瀬にビデオ撮影を頼んだ。ちゃんと撮ってくれよ」
「う……うん」

(ということは成瀬さんと二人きりだ……)

夏帆の頬が緩んでいった。もちろん、父の佳孝はそれを隠して成瀬を誘ったのだ。そうとは知らない夏帆は純粋に喜んでいた。皆が食べ終わり片付けも済んだ。夏帆が父に声をかける。

「お父さん、そろそろ行くね。沿道から見てるから頑張って!」
「おお」

佳孝は短く答えた。そして踵を返した夏帆に声をかけた。

「そうだ、夏帆」
「ん、何?」
夏帆が顔だけ佳孝に振り返った。
「お前の誕生日、成瀬に伝えておいたぞ」
「私の誕生日?」
「そうだ。じゃあ、行ってくる」
「……う、うん」

佳孝はそれだけを残して行ってしまった。夏帆は立ち止まって父親の言葉の意味を考えた。夏帆の誕生日は八月十日だ。あと数日で誕生日を迎える。

(今年は成瀬さんも入れて一緒に祝うってことかな)

成瀬が一緒に祝ってくれたら一生の思い出になる。そうとならば、誕生日メニューを考えなければと夏帆の顔が明るくなるのだった。

時刻は十八時を過ぎた。日もだんだんと暮れはじ、空にオレンジ色が見え始めた。少し早いが夏帆は成瀬との待ち合わせ場所に向かうことにした。ここはねぶたの時期にはたくさんの観光客が押し寄せる。普段は静かな町だが、祭りの日は観光ホテルが満室になり居酒屋は朝方までにぎわう。どこへいっても人が溢れるのだ。普段とは全く違うこの光景もこの時期の風物詩だった。

夏帆はデートの待ち合わせ気分で歩いていった。待ち合わせ場所の少し手前から、成瀬がいることを確認できた。

(成瀬さん、もう来ている!)

夏帆は思わず笑みがこぼれ小走りで近づいていった。すると成瀬が夏帆に気付き手を上げて笑ってくれた。しかし成瀬のすぐ近くには、短いスカートに生足サンダルの二人組の女の子がいた。その子たちは成瀬が手を振ると一斉に夏帆に視線を向けてきたのだ。

(誰?)

夏帆は目を凝らしたが全く知らない人たちだった。女の子たちの視線が敵視に近くて、なんだか気まずい。しかしそのうちの一人が顔を背け歩いて行ってしまい、もう一人も慌ててその後ろを付いていき、その場から居なくなった。

「あの子たち、お知り合いですか?」
「いいえ」

成瀬はにこりと笑い、それだけしか言わなかった。そして成瀬の右手に握られているハンディカメラを夏帆に掲げてきた。

「お父さんにビデオを頼まれました」
「そうだ、すいません。お父さんったら急に引き役をやると言い出して。私が撮影しますから成瀬さんはゆっくり鑑賞してくださいね」
「この人だかりですから、わたしが撮影したほうが撮りやすいですよ」
「そう……ですね」

夏帆も決して小さいわけではないが、高身長である成瀬のほうが頭一つ以上高い位置から撮影が可能だった。

「それでは好意に甘えてよろしくお願いします」
「お安い御用ですよ。さあ、いきましょう」

夏帆と成瀬は観覧する場所に移動した。沿道には観光客や見物客で埋め尽くされている。その間を見つけなんとか場所を確保した。

時刻は十八時半となり、いよいよねぶた祭りがスタートした。大動脈である国道はこの日だけはねぶた専用道路となる。そこをエントリーしたねぶたたちが通ってゆくのだ。

ラッセラ―ラッセラ―

ねぶたの勢いある掛け声が響いてきた。一番目のねぶたが一基やってきた。そのねぶたは『風神雷神』の山車灯篭であった。青森ねぶたの特徴である多面体構成で組み上げられた立方体のねぶたは、巨大な灯篭となって町を練り歩く。その迫力はとても雄大で彩られた色彩を映し出すライトはうっとりするほど幻想的だ。

「これは、すごい……」

成瀬が瞬きを忘れるほど、ねぶたの迫力に圧倒されていた。そして感慨無量とばかりに言葉が少なかった。初めて見る者は必ず目を奪われる。そしてねぶたの山車が目の前を通ると観客たちは歓声をドッとあげる。夜の闇に鮮やかに光る灯篭ねぶた。そこに人々の熱気や歓声が混じり、否応なしに興奮させられてしまうのだった。

「次、父たちのねぶたが通ります!」
夏帆が興奮気味に成瀬に伝えた。
「了解です」
成瀬がハンディカメラをRECした。

「そのカメラ、古いんですけど使い方わかりますか?」
「ええ、先ほど試しに使ってみたので大丈夫ですよ」

夏帆は前列に並ぶ人の間から首を伸ばしてのぞいみる。後方は歩く人の流れができており、夏帆は歩行者と接触しては身体をもっていかれそうになっていた。それに気が付いた成瀬が、なにやらキョロキョロと探し始めた。

「夏帆さん、ここがいいですよ」

成瀬はひょいっと夏帆の腕を取り、自分の身体の前に夏帆を引き寄せた。夏帆は成瀬の身体にすっぽりと取り込まれる形になってしまった。

(ひゃーっっ背中が成瀬さんにくっついてるっ!)

そう意識すればするほど鼓動が加速してどうも落ち着くことができない。

「あのっ、これだと成瀬さんが見えなくなりませんか?」
「身長差があるので問題なしです」

たしかに夏帆が後ろを見上げると成瀬は十分道路を見通せていた。

いや、夏帆にとってそれが問題なのではなかった。

(こ、これ。少しでも腕が回ってきたらバックハグですけど?)

「夏帆さん、お父さんたちのねぶたが来ましたよっ」
「は、はい……」

成瀬はこの状況を気にするそぶりもなく祭りを楽しんでいた。夏帆は恥ずかしさと嬉しさで一杯になり、表情がうまく作れない。

(お父さん、今こんな状況です。今年は見逃すかも……ごめん)

夏帆は心の中で手を合わせた。人が多いので仕方ないとはいえ、夏帆の背中と成瀬の胸はぴったりくっついている。どうしたって成瀬の温かい体温が伝わってくる。これで平常心を保ちなさいという方がおかしい。ねぶたとはまた違った胸キュンな興奮が夏帆を包み込んでゆく。

しかも成瀬は左腕を軽く宙に浮かせ、隣の観客と夏帆が接触しないようにしてくれていた。

(あ……ガードしてくれているんだ)

数日前の亮介から守ってくれたことを思いだす。夏帆は成瀬のさりげない優しさが嬉しくてたまらなかった。だから今は自分の身を任せられる心地よさに甘えようと思えた。

期限付きの同居、
期限付きの成瀬との大切な時間。

夏帆は今を楽しむことに決めた。

(成瀬さん、大好きです……)