静かなる、恋の包囲網

東京に住んでいれば、街で声をかけられることだってないわけではない。
夜遅くに繁華街を女性1人で歩いていれば珍しいことでもない。
しかしこの時は少し様子が違った。

「ちょっとだけ付き合ってよ」

低くドスの効いた声。
塔子は恐怖で動けなくなった。
このままどこかへ連れて行かれるのかもしれない。
逃げないとダメだとわかっているのに、体が動かない。

―――お願い、やめて。

心の中で何度叫んでも、声にすることができない。

この時の塔子は、過去の嫌な思い出が頭の中でフラッシュバックして固まっていた。
その時、数メートル後ろから駆け寄ってくる足音が聞こえた。

「おい、何をしてるんだ」

それは雄平の声だった。
雄平がなぜここにいたのかはわからない。
しかし塔子は、これで助かると思った。
近づいてくる雄平の気配に塔子は安堵した。
しかし次の瞬間、男が少しだけ耳元に顔を寄せ、小さな声でささやいた。

「いつも見ているよ、田所塔子さん」

―――えっ

その言葉を聞いた途端、塔子は全身が震えるのを感じた。