静かなる、恋の包囲網

「田所君は評判通り優秀だね。応対も丁寧だし、機転も利くし、仕事も早い」
「そんなことありません。買いかぶりですよ」

みんなお酒が回ってきたところで、専務に捕まってしまった。
60代になったばかりのおしゃれなおじさま風の専務だが、お酒が入ると絡む癖があるのは社内では有名な話だ。
とはいえ、絡むといっても饒舌になり1人で喋り続けるだけなので、聞き上手の塔子からすれば悪い酒ではない。

「専務、僕の秘書をいじめないでください」
「いじめてなんかないよ。田所さん、副社長にいじめられたら、僕のところに来なさい。すぐ専属の秘書にしてあげるから」

冗談なのか本気なのか、お酒の入った専務はニコニコと上機嫌だ。

「雄平君がどうしてもって言うからどんな子かと思っていたが、こんなに仕事ができる子なら僕が欲しかったよ。本当に」

―――え?

専務の一言に塔子の動きが止まった。
秘書経験の全くない塔子が総務課から秘書課に異動になるのは異例の人事だった。
そのことについては、なぜだろうとずっと不思議に思っていたが、今の専務の言葉からすると、雄平が望んだ人事だったということか?
塔子は学生時代から雄平に憧れていたが、2人で直接言葉を交わした記憶もないし、雄平が塔子のことを知るはずもない。
先日偶然出会って一晩泊めてもらったのは間違いないが、会社の人事はその時点では既に決まっていたはず。
なぜ、どうして?
親子ほどの歳の差のある専務と副社長の掛け合いを見つめながら、塔子は首をかしげた。