静かなる、恋の包囲網

お酒の回った頭で、塔子は後悔していた。
この店に一人できたのも、お酒を飲んだのも自らの意志。
たとえ触られたことで過去のトラウマが蘇り動けなくなったのだとしても、誰を恨むこともできない。
その時、自暴自棄になりかけていた塔子に、背後から声がかかった。

「ごめん、お待たせ」

聞こえてきたのは若い男性の声。
場違いなくらい穏やかで心地のいい低音は、固まった状態の塔子にも届いた。

「すみません、連れがご迷惑おかけしました」

―――連れ?

その言葉に、塔子は大きく目を見開いた。
もちろん連れと名乗る人物に心当たりはないし、正直いつからいたのかの記憶もはっきりしない。
しかし、今の塔子は誰かに救いを求めたい思いが先に立った。

「彼女は1人で飲んでいたはずですが?」

男性客はいかにも不機嫌そうに尋ねるが、若い男性は穏やかに続けた。

「僕が約束の時間に現れなかったから、きっと怒っているのでしょう。ごめんよ」

最後の一言は塔子に向けた言葉。
同時に右手が差し出された。
俯いてしまった塔子に相手の顔を確認することはできないが、少なくとも今塔子を連れ去ろうとしている男性客よりは安全な気がした。
だからこそ、塔子は手をとった。