静かなる、恋の包囲網

「もしかして副社長に会って心が揺れました?」

ちょっとだけからかうように言って、杏が塔子を見つめる。
確かに副社長である雄平は素敵な人だ。
整った顔立ちにすらりと高身長で、決して強面ではないが、まっすぐで鋭い眼光の持ち主。
そして何より、人の上に立つ者が持つオーラが溢れ出ている。
雄平と対面して魅了されない人はいないだろう。
しかし塔子にとって雄平は、初めて会った勤め先の副社長ではなく、大学時代から憧れていた存在であり、何の偶然か昨日の晩、同じ屋根の下で眠った人なのだ。

「副社長ってめちゃくちゃかっこいいらしいから、さすがに塔子さんも心を奪われちゃったのかなと思いました」
「そんなわけないじゃない」

結局雄平は昨日のことには一切触れず、初対面の総務課職員・田所塔子として対応した。
本当に初対面だと思ったのか、気づかないふりをしていたのかはわからないが、塔子も話を合わせた。

「とりあえず気をつけてください。今の塔子さんは、女子社員の大部分を敵に回した状態ですから」
「もう、杏ちゃんやめてよ」

確かに今日は一日中、誰かににらまれている気がしていた。
多少自意識過剰かと思っていたけれど、あながち間違いではないようだ。

「何かあったらすぐに私に言ってくださいね」
「もちろんよ」

今の塔子には杏以外に頼れる人はいない。
「大丈夫です。塔子さんは私が守ります」と言ってくれる杏の手を、塔子はそっと握り締めた。