静かなる、恋の包囲網

結局、塔子の仕事がひと段落したのは夜の7時半過ぎ。
引き継ぎに手間取り、なかなか仕事を終えることができなかった。
それでも杏は、笑顔で待っていてくれた。

「引き継ぎが終わったら、総務課を離れるんですか?」
「うん、そうなるわね。あまり気は乗らないけれど」

本当に親しい人間にしか漏らさない塔子の本音。

「私が頼んだ人事じゃありませんって、言えばいいじゃないですか」

確かにそうやって周囲にアピールすれば、こそこそと陰口を言う同僚は減るのかもしれない。
黙っているから、何か企んで副社長秘書にされたなんて噂が出るのだと思う。
しかし…。

「それができれば苦労しないわ」

勉強でも仕事でも努力することは苦手じゃない。
どちらかと言うと、実力以上の評価を受けることの方が苦手だ。
高校時代も人一倍勉強して、田舎の進学校でトップの成績だった。
当然周囲の人たちは医学部や法学部に行くことを勧めてくれたが、塔子は1つ2つランクを落として国立大の経済学部を選んだ。
自分は人の命を預かったり、人の人生を預かる人間ではないと思ったのもあるが、常に背伸びをすることなく、身の丈に合った環境で努力する。それが塔子の性格なのだ。