静かなる、恋の包囲網

人事が発表されてしまえば、後はあっという間だった。
本来なら事前に通知がありデスク周りの整理や業務の引き継ぎを行うが、塔子にはその時間すら与えられず、担当していた業務は数名の女子社員に振り分けられた。
ここまであっさりしていると、今までの仕事が不要だったと言われているようで、塔子は寂しさを覚えた。
そしてその日の午後、塔子は最上階の重役フロアへ連れて行かれた。
秘書課長と名乗る男性に案内され、副社長室の前に立つ。
大きな木製の扉に掲げられた「副社長室」のプレートを見て、塔子は背筋を伸ばした。
この扉の向こうにいるのは鬼か蛇か――それでも進むしかない。

「失礼します」

秘書課長の声とともに扉が開き、塔子も中へ入る。

「本日付で異動になりました。田所塔子さんです」
「あぁ」

やり取りを聞きながら、塔子は深々と頭を下げた。

「田所塔子です。よろしくお願いいたします」
「ああ、よろしく頼むよ」

――どこかで聞いたことのある声。

不思議な既視感を覚えながら、塔子はゆっくりと顔を上げた。
そして目にしたのは――

―――嘘。
塔子は呆然と固まった。