静かなる、恋の包囲網

翌朝、午前7時。
まだ人通りの少ない社員通用口を抜け、塔子は勤務先であるタカミヤホールディングス本社ビルへ入った。
タカミヤホールディングスは全国に展開する総合商社で、東京の中心地に本社を構える全国的にも名の知れた上場企業だ。

「おはようございます」

すれ違う清掃スタッフにも明るく声をかけ、塔子は10階の総務課オフィスへ向かう。

「塔子さん、今日も早いですね」

10階に到着したところで声をかけてきたのは、入社2年目の後輩・杏だった。

「杏ちゃんこそ、どうしたの?」

入社当初からなぜか塔子になついている杏は、同僚の中でも出社が早い。
とはいえ就業時間は午前9時。
8時半に来れば十分準備はできるはずで、さすがに今日は早すぎる。

「今日は朝のお茶当番なんです」
「へぇ、そうなんだ」

都心の大手企業で女子社員のお茶当番というのも時代錯誤だが、塔子の会社ではいまだに当番制でお茶やコーヒーを淹れたり、簡単な掃除を行う制度が残っている。
外部スタッフをフロアに入れることに抵抗のある上層部の意向で続いているらしい。
もちろん早出残業の手当は出るため不満は少ないが、普段から早めに出社する塔子がやればいいのに、という声が聞こえてくるのも事実だ。