推しと清く正しい逢瀬(デート)生活 ーこっそり、隣人推しちゃいますー

 そんな考えが脳裏をよぎり、一気に現実へ引き戻された。
(成瀬さんはアイドルになったばかり。今が一番大切な時期だ。スキャンダルなんて、絶対にダメ)
 私は慌てて視線を逸らした。
「石川さん?」
 成瀬さんが心配そうに覗き込んでくる。
 その優しい瞳が大好き。
 やっぱり成瀬さんが好き。
 この気持ちに嘘はつけない。
 だけど、彼の未来を奪うことはもっとできない。
 だから……今は、このままで。
(もう一度、推しとヲタクの境界線を引こう)
 そう決めて、成瀬さんを見つめる。頬に触れたままの彼の手を、そっと外した。
 成瀬さんが息を呑んだのがわかった。
 それでも何も言わず、私の言葉を待っている。
「……ありがとう、成瀬さん」
 絞り出した声は、かすれていた。
「私、成瀬さんのこと、すごく好き。大好き。でも……」
 喉が詰まる。
 それでも、言わなければならない。
「ここから先へは進まない。私は“推し”としての成瀬陽一も好きだから。……推しの足を引っ張る存在にはなりたくない」
 成瀬さんは黙って聞いていた。
「Orion(オリオン)|は、これからのグループだから。いきなり恋愛スキャンダルなんてことになったら、ファンが離れちゃう。それに、Orionの成瀬陽一は、ファンを裏切ったりしないと思う。とっても誠実な人だから」
 はっきり告げると、成瀬さんは困ったように眉を下げた。
 しばらく黙って考えたあと、大きく息を吐く。
 そして、切なげで穏やかな目をして、ふわりと笑った。
「石川さんには敵わないな」
 成瀬さんは手摺りに身体を預け、遠くを見つめる。
 ただ隣にいるだけでドキドキする。切なくて泣きそうになるほど愛おしい。
 大好きなのに、私はなんて勿体ないことをしているんだろう。
 自分でもバカな決断だと思う。それでも、後悔はしていない。
 いつの間にか涙が溢れていた。慌てて目元を拭うと、成瀬さんが切なげに見つめてくる。
「ごめん。言うべきじゃなかった」
 その言葉に、私は首を横に振った。
「違うの。謝ったりしないで。嬉しかったから」