推しと清く正しい逢瀬(デート)生活 ーこっそり、隣人推しちゃいますー

 小さく呟くと、成瀬さんはきょとんとした顔をする。それから目を細めて微笑んだ。
「好きな子にはね。こっちを見てほしくて、ついしょうもない意地悪をしちゃうんだよ」
 優しい目が、私を愛おしいと言っている。
 ああ、もう無理だ。
 好き。
 成瀬さんが好きでたまらない。
「……もう勝ってるから」
 思わずこぼした言葉に、成瀬さんは目を丸くし、それからふわりと笑った。照れたように鼻の頭を掻き、少し間を置いて口を開く。
「えーと……それはつまり、石川さんも俺のこと……」
「……好き」
 成瀬さんへの想いを口にする。恥ずかしくて死にそうだ。
「推しとしてではなく?」
 確認するような問いに、私は首を横に振る。
「推しとしても好き」
 そんなのは当たり前。切り離そうとしても、切り離せない。
「年甲斐もなく、推しにガチ恋しちゃった」
 えへへと笑う私に、成瀬さんも照れたように笑った。
「そっか。ガチ恋かぁ」
 スラリとした指が、ためらうように私の頬に触れる。手のひらから伝わる熱に、胸の奥まで熱くなる。
 私は溢れそうな想いを込めて成瀬さんを見つめた。
 彼も優しく見つめ返す。
 互いの瞳に、互いの姿だけが映っている。
 そのまま見つめ合い、動けなくなった。
(ああ、もう本当に……私はこの人が好きだ)
 蓋をして閉じ込めていた想いは、もう止まらない。
 私の「好き」と、成瀬さんから向けられた想い。その二つに溺れてしまいそうだった。
(このまま溺れてしまいたい)
 そう思った瞬間、胸がぎゅっと締め付けられた。
 想いが通じて嬉しい。なのに、その先へ進めない。
 どうしていいかわからなくなった。
 ……だって、知っているから。
 推しに恋人がいると知ったときの、ヲタクの喪失感を。
 推しだって一人の人間。恋愛もするし、いつか結婚だってする。
 頭ではわかっている。
 それでも、心が拒絶する。
 推しの幸せが、必ずしも自分の幸せとは限らない。
 推しの恋愛を心から祝福できるヲタクなんて、そうそういない。