推しと清く正しい逢瀬(デート)生活 ーこっそり、隣人推しちゃいますー

 ファンとして私の応援が力になると言うのなら、私は全力で応援するだけだ。
「もちろんです。ご本人からのお願いとあらば、聞かないわけにはいきません」
 私はきっぱりと答える。
 その答えに成瀬さんは心底ホッとしたような顔をした。
 私の些細な言葉で推しの背中を押すことができるなんて。こんな推し活冥利に尽きることはないだろう。
 隣人で、推しで、好きな人。近くにいたい尊い存在。
 だけど私たちの距離を保つには、隠しておかなきゃいけない気持ちがある。
 私は成瀬さんの瞳をまっすぐに見つめ返す。
 ねえ、成瀬さん。私、成瀬さんのことが好きです。推しとして、人として。そして異性として。
 すべての「好き」があなたに向いています。
 だけど、最後の「好き」は封印しようと思います。
 あなたのそばにいるために。
 成瀬さんが欲しているのは、背中を押してくれるファン。だったら、私は一番近くであなたに声援を届けたい。
 あなたにとって一番のファンであり続けたい。
 あなたの背中を押せる存在でいたい。
 だから、私の隠した想いには決して気づかないで。
 なんてセンチメンタルなことは言えない。言うつもりもない。そっと心の奥底にしまい込むだけ。
 だけど、成瀬さんを好きってことは変わらない。
 推しの夢を一緒に追いかける。それだって、ヲタクの私にはちゃんと意味があること。
 私は今の距離を守る。
 隣人で、ファンで、あなたの味方でいるために。
 きゅっと唇を引き結ぶと、私は力強く頷いた。
「まずは、Scorpio《スコルピオ》のオーディション合格を勝ちとりましょう! それで、芸能界を駆け上がっていきましょう」
 熱血ファンの如く拳を高く突き上げる。それを見た成瀬さんは驚いた顔をしたあと、満面の笑みを浮かべた。
 二人でもう一度拳を空に突き上げる。私は調子に乗って掛け声までつけてみる。
「エイエイオー」
「え? その掛け声はなんか違わない?」
 そう言って笑いながらも、成瀬さんは調子を合わせてくれる。朝早いので声は少し小さめで。空に向かって二人で声を合わせる。
 青く澄み渡る春の空は、私たちの掛け声を静かに吸い込む。
 空は何も言わないけれど、私たちの声をちゃんと受け止めてくれた気がした。
 このどこまでも続く青空は、きっと成瀬さんの未来にも続いている。
 私はそう信じて、拳を高く掲げ続けた。