推しと清く正しい逢瀬(デート)生活 ーこっそり、隣人推しちゃいますー

 きっと私はまた成瀬さんに悲しい顔をさせてしまっている。
 そうは思ったが、私もこれ以上苦しい思いとは向き合えそうにない。
 相反する感情に押し潰されそうになりながら、なんとかその場に踏み留まるだけで精一杯だった。
 そんな私の横で、成瀬さんは大きくひとつ息を吐く。そして、意を決したように私の名前を呼んだ。
「石川さん……俺、蓮に聞いたんだ。舞台を観ていた時のきみの様子。石川さんは気づいてるって蓮に言われた。それで、もっと早く言うべきだったって後悔した。でも、言えなかったんだ。もし結果がダメだったら、きみに幻滅されてしまう。仮に選考が通っても、熱心なスコッコのきみに受け入れてもらえなかったら……そう思うとなかなか言い出せなくて」
 私はハッとして成瀬さんの目を見つめる。
 成瀬さんの話したいことというのは、もしかしたら……。
 成瀬さんは私の視線を正面から受け止めると、ぐっと拳を握った。
「俺、これまでグループ活動とは縁がなくて……蓮のようなキラキラした道は俺の道じゃないんだと思ってきた。俺は舞台でやっていく。そう思って、もう吹っ切れたつもりでいた。だけど……本当は蓮や樹の活動を心から応援できない時もあった」
 いつも穏やかに私を見つめてくれる瞳は、今はどこか苦しそうに歪められている。
 挫折と葛藤。
 初めて聞く成瀬さんの本音に、胸が締め付けられる。
 彼らが身を置く世界は厳しい。
 それでも、そんな厳しい道を成瀬さんは自分の力で切り拓いてきたのだと思っていた。
 でも……違ったんだ。
 私は思わず成瀬さんに向かって手を伸ばしていた。その指先が彼の頬に触れる寸前で、慌てて引っ込める。
「……ごめんなさい。私ったら何を……」
 成瀬さんが驚いたように私を凝視する。
 私はその視線から逃げるように、視線を自分の足元に落とした。
 私は何をしようとしたんだろう。慰めたいのか? それとも、励ますつもりだったのか?
 いや、そのどちらでもないのかもしれない。ただ成瀬さんの頬に触れたかった。その体温に触れたかった。
 成瀬さんは私の挙動には何も言わずに、ただ静かに話をつづける。
「推しである蓮のことを眩しい笑顔で語るきみに出会って、うらやましいと思ったんだ。俺も……俺だって全力で好きだと言われたい。蓮みたいに人を笑顔にできるような存在でありたい。蓮みたいにキラキラした世界で生きたいと思ったんだ」