旦那様、そろそろ離縁のご準備を〜契約結婚三年目、満了日を目前にして旦那様の様子がどこか変です〜



 やがて馬車は減速し、見慣れた首都中央広場の馬車止めで停止した。
 止まった瞬間、扉の隙間から春の陽光とざわめきが一気に流れ込んでくる。子どもたちの笑い声と、甘い香り、木槌が柱を叩くような、乾いた音が耳に届いた。

(中央広場? どうしてここに?)

 不思議に思いながら、レイモンドにエスコートされ馬車を降りる。

 すると真っ先に目に飛び込んできたのは、巨大な舞台だった。
 広場の中央に鎮座する演劇用の舞台が、陽光を浴びて輝いていた。

「――!」
(嘘でしょう!?)

 ソフィアは目を瞬いた。
 その舞台が、宮廷の祝祭に用いられる本格的なものだったからだ。

 幅は十間(じゅっけん)以上、深紅のビロードの幕、磨き上げられた舞台板、金の縁取りの柱、梁には房飾り――すべてが豪奢に整っている。

 舞台前には椅子がぎっしりと並び、視界の端まで続いていた。周囲では大道具係や衣裳係らしき人々が、最終確認の掛け声を飛ばしている。


「だ……旦那様、もしかして、これ……」
「君の目的は子どもたちを喜ばせることだろう? どうせなら、大きい舞台の方がいいと思ってな」
「それで、ここに舞台を? では、この数え切れないほどの椅子は?」
「これだけの舞台だ。せっかくだから、首都郊外のすべての孤児院の子どもたちを招待した。広場の使用許可も取ってある」

(信じられない、ここまでするなんて!)

 呆気にとられたまま、ソフィアは広場全体をぐるりと見渡した。

 舞台だけではない。広場には色鮮やかな旗や花飾りが揺れ、甘い菓子や温かいスープの机まで並んでいる。

「本当に、すべての孤児院の子どもたちを招待したのですか?」
「もちろんだ。一人残らず、君の名前でな」
「もしかして、この設営や馬車の手配も……」
「当然、君の名で手配した。首都中の運送業者や建築業者、イベント業者に舞台設営の職人。シェフやパティシエ、花屋まで合わせると、七十以上の業者に依頼したか。皆快く引き受けてくれたぞ」
「…………」