旦那様、そろそろ離縁のご準備を〜契約結婚三年目、満了日を目前にして旦那様の様子がどこか変です〜


 ソフィアは不意に思い出す。
 二日前のチャリティーで、レイモンドを孤児院の慰問に誘ったときのことを。


 あの時は当然、断られると思っていた。
 孤児院の子どもたちに演劇を見せたい気持ちはあったが、私的な外出を慰問にすり替えれば、流石の彼も気分を害するだろうと。
 けれど返ってきたのは、呆れでも怒りでもなく、優しい笑顔と迷いのない承諾だった。


(あんな風に了承してくれるだなんて思っていなかったわ。怒っても当然なのに。それくらい、旦那様はわたしのことを……?)


 ソフィアはこれまでの三年間、『レイモンドの望む妻』を演じてきたつもりだった。
 我が儘を言わず、不満を漏らさず、家を守り、夫の帰りを黙って待つ――それが母から教えられた"妻の役割"だったからだ。

 当然そこには『夫を孤児院の慰問に誘う』などという項目はない。
 孤児院への寄付は持てる者の義務(ノブレス・オブリージュ)とはいえ、貴族、ことに男性は、孤児院に足を運ぶことを嫌がるものだからだ。

 けれどレイモンドは、嫌な顔ひとつせず受け入れた。


(もし母が側で聞いていたら、間違いなく()たれていたでしょうね。女性は男性に従うべきだというのが、母の考えだったから)
 
 そんなことを考えていると、窓の外を流れる景色に違和感を覚える。

(? おかしいわ。道が違う)

 これまでも郊外の孤児院を何度も訪ねてきたので、道は覚えている。
 しかし今の馬車は明らかに逆方向、街の中心部へ向かっていた。
 
「旦那様、道が違いますわ」

 声をかけると、レイモンドは『ようやく気付いたか』という顔でにやりと笑う。

「この道で合っている」
「え? ですが、孤児院は……」
「行先は孤児院ではない」
「どういうことですか? 寄り道でもなさるのですか?」

 重ねて尋ねるが、それ以上の説明はない。
 ソフィアは眉をひそめたが、仕方がないので、黙って到着を待つことにした。