その夜。 ウィンダム侯爵邸にて、屋敷全体が寝静まる時間帯。
レイモンドは、執務室の窓から夜の街を眺めながら、昼間の慈善公演のことを思い出していた。
ブルックリン伯爵邸の美しい庭園。賑わう人々。舞台を興味深げに見つめる、観客席の子供たちの純真無垢な眼差し。
その横顔を見つめていたソフィアが、観劇の最中、告げた言葉を――。
『旦那様、二日後の外出先のことなのですが……孤児院に慰問に行ってはいただけないでしょうか?』
あの瞬間、レイモンドが抱いたのは、ほんの少しの驚きと、『なるほどそうきたか』というある種の感心だった。
そもそもレイモンドは、 ソフィアを私的な外出に誘ったとき、断られる覚悟をしていた。
宝石を人質にしたとしても、ソフィアは断ってくるのではと。
つまり、駄目で元々の誘いだったわけだが、それが了承された時点で、ソフィアが外出先に、レイモンドの希望とは大きくかけ離れた場所を指定してくることを、ある程度予想していた。
とはいえ、まさか孤児院を上げてくるとは思わなかった。
だから驚きを完全に隠すことはできなかったが、それでも間髪入れず、「行先を自由に決めていいと言ったのは俺だ。すべて君の望む通りに」と答えることができた自身の反応は、上出来だったと言えるだろう。
(彼女が派手な遊びを好まないことは知っていたが、まさか、孤児院の慰問とはな)
これまでレイモンドは、一度として、ソフィアから何かをねだられたことがない。
ソフィアは、「これがしたい」「あれが欲しい」と望みを口にしたこともなく、契約結婚の報酬とは別に毎月渡している維持交際費にも、ほとんど手を付けていない。
だからこそ、行先にどこを指定してくるのか——と、半ば探るような気持ちでいたのだが。
(まぁいい。彼女が俺に頼みごとをしてくるなんて、初めてだからな)
デートというより限りなく社交の一環に近いが、それでも、レイモンドは構わなかった。
(そもそも、外出自体を拒絶されなかっただけで、十分だ)
レイモンドは小さく鼻を鳴らす。
まったく、自分でも呆れるな、と。



