旦那様、そろそろ離縁のご準備を〜契約結婚三年目、満了日を目前にして旦那様の様子がどこか変です〜


 もともと、最初から返すつもりで受け取っていた宝石だ。
 夫婦仲をよく見せるための小道具なのだから当然だが、そうでないとわかった今、余計に受け取ってはいけないものになってしまった。

 そもそも、二つ三つならともかくとして、これほど大量の宝石を帝国まで持ち運ぶのは現実的ではない。それに、例え持ち込めたとしても、売ろうものならすぐに出所が知れ渡ってしまう。
 帝国行きは、実家のハリントン家にすら秘密なのだ。身元を晒す危険性のあるものは、すべて置いていかなければならない。

 アリスは当然その事情を理解していたが、それでも、ためらいがちに口を開く。

「せめて、少しくらいは持っていかれたらどうですか? 旦那様がおかわいそうです。今だって、奥様を振り向かせようとあんなに必死なのに」
「だからこそよ。今のうちに全てお返しして、こちらには気持ちがないことをお伝えしなくちゃ。望みがないとわかれば、旦那様の奇行も収まるでしょう」

 ソフィアが契約継続を断ったのも、それが理由だった。
 もし延長を承諾すれば、レイモンドは期待してしまうことだろう。少しでも、望みがあるのではと。

 だが、ソフィアは帝国行きを取りやめるつもりはない。 となると、下手に希望を与えるよりも、きっぱりと関係を断つことの方が、レイモンドのためになると判断した。

 ソフィアは表情を崩すことなく、静かな声で返す。

「そもそも、勘違いしたらいけないのよ。旦那様は確かに、わたしに好意を抱いている。それは事実なのでしょう。けれど、その相手はわたしではないの。――"妻の演技をしている"わたしなのよ。それを忘れてはいけないわ」

 冷ややかに見えるその瞳の奥に、寂しさが滲む。
 その横顔を見つめながら、アリスは尋ねた。

「でも、もし旦那様の気持ちが本物だったら……? それでも、考え直す余地はありませんか?」

 すると、ソフィアはゆっくりと顔を振り向き、小さく微笑む。

「あなたがわたしの心配をしてくれているのはわかっているわ。でも、この国に残るつもりはないのよ。……ごめんなさい、アリス」
「……っ」

 刹那――アリスはグッと唇を噛みしめ、顔を俯ける。

 ソフィアは、そんなアリスに一層柔らかな笑顔を見せると、そっと背中に腕を回し、しばらくのあいだ、ただ黙って抱きしめるのだった。