レイモンドは、ウィンダム侯爵家の嫡男として生まれた。
王族に連なる公爵家を除けば、実質的にこの国の軍事を統べる頂点の家紋だ。
国境紛争、反乱鎮圧、外洋遠征に至るまで、数十年にわたり作戦の立案と指揮を担い、敗色濃厚な戦局を幾度も覆してきた。
戦場にて、ウィンダム侯爵家の旗が翻れば潮目が変わる――兵たちは皆そう言った。
海軍の統帥権の一部を握り、国防評議会では常にこの家門の発言が優先される。その名は、勝敗の記録とほぼ同義だ。
その嫡男として生まれたレイモンドは、生まれながらにして、地位と名誉を約束されていた。
誰もが羨む人生だった。
だが、その名声に反し、家の内情は冷え切っていた。
将校の父は一年のほとんどを任地で過ごし、任地妻を持つのは当然。政略結婚で嫁いできた母を顧みることはなく、それに反抗するように、母は複数の愛人を囲う。
けれど、それを咎めるものは誰一人としていなかった。
権力故ではない。それがこの国の、特に貴族軍人たちにとってはごく当然のことだったからだ。
浮気は離婚時の欠格事由にはなっても、それ自体は罪に問われない。貴族の夫婦の形は、体裁と血統を守るためだけのもの。子供を産んでさえすれば、夫婦を縛るものは何もない。
レイモンドは、それが当然と知りながらも、両親を軽蔑しながら育った。父が決めた婚約者すらも軽蔑していた。相手が見ているのは、自分の家紋の権力と、財力。それだけだと知っていたからだ。
そんな環境に反旗を翻すように、十八で成人し、社交界に出たレイモンドは、夫人たちに誘われるがままに体を重ねた。未婚の令嬢には手を出さない――それだけが唯一の線引きだった。
やがて、全てを知った婚約者は、考え付く限りの罵詈雑言をレイモンドに浴びせ、婚約は破棄された。
父は何も言わず、母は軽蔑と憐みの目を向けただけだった。
けれど二十歳を迎えた頃、その生活に、唐突に終わりが訪れる。
割り切った関係だったはずの夫人たちが、レイモンドの目の前で、「誰が一番レイモンドに愛されているのか」言い争いを始めたのだ。
それは見るに堪えない光景だった。あまりにも滑稽で、笑いが漏れるほどだった。
その日からだ。
レイモンドの下半身が、全く反応しなくなったのは。



