旦那様、そろそろ離縁のご準備を〜契約結婚三年目、満了日を目前にして旦那様の様子がどこか変です〜


「オスカーお兄様は、探検家を休業してフェリクスお兄様を支える……」

 そこまで読んで、ソフィアは顔を上げた。

「ノアは、確か王都の寄宿学校へ行くことになったのよね?」

 イシュが、アリスの淹れた極上の紅茶を一口啜り、満足げに頷く。

「そうだよ。オスカー卿は、彼――ノアの才気を見込んでいるようだね。王都の学校に通わせるための転校の手続きも、少しばかり手伝わせてもらった。将来、ハリントン家を支える右腕に育てるつもりなんだろう。オスカー卿らしい、気の長い、けれど確実な投資だ」
「……そう。きっとノアなら、上手くやってくれるわ。――ね、アリス?」

 控えていたアリスが、力強く頷いた。その瞳には、弟への愛と信頼、そして未来への希望が満ち溢れている。

「はい、奥様。……弟には、オスカー様を、そしてハリントン家を支える立派な男になってもらわねばなりませんから。私も、負けてはいられませんわ」

 ソフィアは、手紙をゆっくりと畳んだ。
 あの日、嵐の中でバラバラになりかけた家族は、それぞれの場所で、新しい形を作り始めようとしている。

「これで、本当に終わったんだわ」

 ソフィアが呟くと、隣に座るレイモンドが、その細い肩を力強く、そして守るように抱き寄せた。

「ああ。これからのハリントン家は、フェリクスたちが新しく作り替えていくだろう。もう二度と、君を縛り、苦しめることはない。……イシュ・ヴァーレン。君には感謝している。ハリントン家の不始末を、一手に引き受けてくれたこと、心から礼を言う」
「礼なんていらないよ。僕はフィアの友人だが、それ以前に欲深い商人だからね。この一件で、僕は新伯爵から『ハリントン領におけるヴァーレン商会の独占的営業権』という、とびきりの利を引き出したんだ。お礼を言いたいのは僕の方さ」

 イシュは立ち上がり、テラスに続く窓から、一点の曇りもない青空を見上げた。
 夏の陽光が室内に溢れ、彼の漆黒の髪を眩しく照らし出していた。