胸が痛い。頬が熱い。喉が震える。
認めたくなかった。でも、レイモンドにここまで言わせて、自分だけが逃げ続けることはできないと、ソフィアは覚悟を決める。
「……国境を越えれば、母の力の及ばない場所へ行ける。そう思って、わたしは必死にブランドを磨いてきました。……でも、今日、あなたが母の呪縛を断ち切ってくれた。……旦那様が、わたしに教えてくれたんです。……もう、逃げる必要はないって。夢は、帝国じゃなくても叶えられる。……あなたの、側で……!」
「…………」
レイモンドの瞳が、これでもかと見開かれる。
ソフィアの頬に伝う、一筋の光――それは、何よりも雄弁に、ソフィアの意思を物語っていた。
レイモンドは、手に持っていたグラスを、テーブルに落とす。カラン、と乾いた氷の音が、夜の闇に不自然に響き――その指先が、そっと、ソフィアの頬を拭った。
「…………今の言葉は、本当か? 今さら、演技だなんて言わないよな……?」
「本当……です。……演技なんかじゃ――」
「……ああ、そうか。…………そうだよな」
――刹那。
レイモンドの腕が、ソフィアの腰を引き寄せた。
その唇が、彼女の耳元を熱く撫でる。
「……君の望みどおり、責任を取ってやる。……言っておくが、撤回はなしだぞ」
「……っ」
同時に、柔らかな感触が、唇を塞いた。
「――っ、…………」
自分の姿を映すレイモンドの瞳は、欲情と、深い愛と、そして歓喜に満ちている。
その熱い眼差し受け止めながら――ソフィアはレイモンドの腕に身を委ねるようにして、瞼を閉じた。
潮騒の音が遠のく。
指先が絡み合い、交じり合う吐息が、夏の夜闇に溶けていく。
月光の下、二人は互いの存在を確かめ合う様に、新たな、そして真実の誓いを交わした。



