旦那様、そろそろ離縁のご準備を〜契約結婚三年目、満了日を目前にして旦那様の様子がどこか変です〜


 胸が痛い。頬が熱い。喉が震える。
 認めたくなかった。でも、レイモンドにここまで言わせて、自分だけが逃げ続けることはできないと、ソフィアは覚悟を決める。

「……国境を越えれば、母の力の及ばない場所へ行ける。そう思って、わたしは必死にブランドを磨いてきました。……でも、今日、あなたが母の呪縛を断ち切ってくれた。……旦那様が、わたしに教えてくれたんです。……もう、逃げる必要はないって。夢は、帝国じゃなくても叶えられる。……あなたの、側で……!」
「…………」

 レイモンドの瞳が、これでもかと見開かれる。
 ソフィアの頬に伝う、一筋の光――それは、何よりも雄弁に、ソフィアの意思を物語っていた。

 レイモンドは、手に持っていたグラスを、テーブルに落とす。カラン、と乾いた氷の音が、夜の闇に不自然に響き――その指先が、そっと、ソフィアの頬を拭った。

「…………今の言葉は、本当か? 今さら、演技だなんて言わないよな……?」
「本当……です。……演技なんかじゃ――」
「……ああ、そうか。…………そうだよな」

 ――刹那。

 レイモンドの腕が、ソフィアの腰を引き寄せた。
 その唇が、彼女の耳元を熱く撫でる。

「……君の望みどおり、責任を取ってやる。……言っておくが、撤回はなしだぞ」
「……っ」 

 同時に、柔らかな感触が、唇を塞いた。

「――っ、…………」

 自分の姿を映すレイモンドの瞳は、欲情と、深い愛と、そして歓喜に満ちている。
 その熱い眼差し受け止めながら――ソフィアはレイモンドの腕に身を委ねるようにして、瞼を閉じた。


 潮騒の音が遠のく。
 指先が絡み合い、交じり合う吐息が、夏の夜闇に溶けていく。

 月光の下、二人は互いの存在を確かめ合う様に、新たな、そして真実の誓いを交わした。