旦那様、そろそろ離縁のご準備を〜契約結婚三年目、満了日を目前にして旦那様の様子がどこか変です〜


 ソフィアは気づいていた。
 ハリントン家でレイモンドの姿を目にしたとき、心の底から安堵した自分の心を。彼の胸の中に飛び込んでしまいたかった、あの衝動を。

 ずっとずっと、見ない振りをしていた、気づかないふりをしていた、レイモンドへの想いを――。

「――旦那様」

 言わなければ。
 今言わなければ、きっと一生後悔する。

 ソフィアはそっと、唇を開いた。

「……そんなこと、言わないで」

 椅子から立ち上がり、俯いたレイモンドの顔を覗き込むようにして、告げる。

「今さら、そんな風に言われたら、わたしの気持ちはどうなるんですか」
「……っ」

 レイモンドの肩が、びくりと震えた。
 彼は右手にグラスを持ったまま、茫然とソフィアを見上げる。

「……どういう、意味だ?」

 月光を淡く映す透き通ったレイモンドの瞳に、小さく、星が瞬いた。

「――今、何と言った?」
「…………責任を、取ってと……言ったんです」

 レイモンドが、ごくりと、大きく息を呑む。

「あなたを好きにさせた――責任を取ってください」
「――!」
「今さら、本当は愛していなかったかもだなんて……無責任なこと言わないで。あんな……あんな風に優しくされて、庇ってもらって、それでも、わたしが心を動かされないと……そう思っているんですか?」

 ソフィアの言葉は、レイモンドの揺らぐ心に、迷いなき一撃を与えた。
 理性が、音を立てて崩れていくのが分かる。

「だが、君には夢が……」
「そこまで言わせるんですか? 本当はわかっているくせに……! わたしはただ、逃げていただけなんです。夢は確かに叶えたい、この歩みを止めるつもりは、毛頭ありません。でも……! 最初に帝国に行こうと思ったのは、ただの逃避だった。わたしは、母から、あの家から逃げ出したかっただけ。最初は、それだけだったんです……!」
「……ソフィア」