旦那様、そろそろ離縁のご準備を〜契約結婚三年目、満了日を目前にして旦那様の様子がどこか変です〜



 テラスでは、レイモンドが一人、椅子に深く腰掛けていた。
 傍らのテーブルには琥珀色の液体が揺れるグラスと、灰皿。彼は指先に挟んだタバコを(くゆ)らせ、黒々と広がる夜の海を見下ろしている。

「……旦那様」

 呼びかけると、レイモンドは小さく肩を震わせて、ゆっくりとこちらを振り向いた。月光の下、彼の瞳が奇妙な熱を帯びて揺れる。

「起きたのか。……気分はどうだ? 今日は疲れただろう。色々と話したいことはあるだろうが、それはまた明日に――」
「いいえ、その……そうだけど……そうじゃなくて。わたし、旦那様に、お礼と謝罪をお伝えしたくて……」
「…………礼?」

 レイモンドが、意外そうに眉をひそめた。ソフィアは言葉を継ぐ。

「庇ってくださって、ありがとうございました。それと……その、家族の、あんなあさましい姿をお見せしてしまって……本当に、申し訳ありませんでした」

 正直、まだ、心の整理はついていない。
 母の本音も、兄たちの絶望も、そして、あのような場面をレイモンドに見られたことも、自分の弱さを知られたことも。ソフィアはまだ何一つ、区切りがついていなかった。

 けれど、だからこそ、今伝えておかなければと思った。
 どう伝えたらいいか、言葉はまとまらない。それでも、今言わなければ、自分はまた「ハリントンの娘」という仮面を被ってしまう――そんな気がした。

 レイモンドは、そんなソフィアの意を汲んだのか、椅子から立ち上がり、ソフィアに右手を差し出した。

「座って話そう。夜は長い」
「……はい、旦那様」

 これまで、繰り返し差し出された大きな手。
 重ねた彼の指先は、これまでにないほど熱かった。