旦那様、そろそろ離縁のご準備を〜契約結婚三年目、満了日を目前にして旦那様の様子がどこか変です〜


 ヴィクトリアはイシュを蛇のように睨みつけると、今度はレイモンドを見据え、狂気に染まった言葉を継ぐ。

「ウィンダム侯。あなたも貴方だわ。家督を継ぐためだけに娘と結婚するなんて、我が家を侮辱しているとしか思えない。この事実を社交界で広めれば、ウィンダム家の名声は一瞬で地に落ちるでしょうね。ああ、いい気味だわ!」

 ヴィクトリアは、醜悪に顔を歪ませた。
 この崩壊の舞台に、冷然と立ち続けるレイモンドを引きずり下ろし、道連れにしようと。

 だが、レイモンドは動じなかった。
 イシュと共にこの状況を冷静に観察していた彼は――ただ一言、その場の全てを凍りつかせるほどの声で、告げる。

「構わない」

「…………え?」

「構わない、と言ったんだ」

 その低く、微かな揺らぎもない声に、ヴィクトリアは思考を停止させたように口を半開きにした。

 レイモンドは、歪な家族の肖像と、隣で今にも崩れ落ちそうに肩を震わせるソフィアを、静かに見つめた。そして、先ほどイシュが放った「現実」という言葉の冷徹な響きを胸に刻み、己の中にあった最後の欺瞞の欠片をも剥ぎ取った。

 ヴィクトリアの指摘は、ある一点において――残酷なまでに正しい。
 自分はウィンダムの家督という「利」のために、ソフィアを利用した。自らの目的を果たすための道具として、ソフィアを買い叩いたのだ。その罪は、どれほど「今、彼女を愛している」と叫んだところで、消えるものではない。

「夫人の言う通りだ。私はウィンダム家の当主となるため、彼女を――ソフィアを金で買った。……それはハリントン家を、そして何より、彼女を深く侮辱する行為だ。その事実は認めよう」

 ソフィアが、息を呑んでレイモンドを見上げる。レイモンドは彼女の震える手を、力強く、しかし労るように握りしめた。

「広めたければ広めるがいい。それが真実である以上、私に止める権利はない。家督という『利』のために彼女を利用した報いが、家門の没落だというのなら、私は喜んでその罪を背負うつもりだ。それが、彼女を巻き込んだ当主としての、私の責任だからな」