「――っ、何ですって? ……謝れば済むとお思い? あなたのその潔い『謝罪』が、わたくしが独りで戦ってきた年月をどれほど踏みにじるか。誰のおかげで、ハリントンの品格が保たれてきたと……!」
「分かっている! お前がこれまでどれほど苦労してきたか――だからこそ、もうやめろと言っているんだ!」
「よくもそんなことが言えるわね……! あなたは私のしていることに気づいていながら、無関心を装っていただけじゃない! 今さら聖人君主面しないでちょうだい! あなたこそが全ての元凶なのに!」
「――ヴィクトリアッ!」
激昂し、夫に詰め寄るヴィクトリア。
父と母が罵り合い、サロンは、名門の威厳など微塵もない、醜悪な泥沼へと化していく。
「……品格、か」
けれどそんな時。
冷徹な、しかし極めて優雅な声が、泥沼の応酬を切り裂いた。――イシュだった。
「夫人。貴女がそれほどまでに守りたかった『品格』とは、家族が互いの傷口を抉り合い、過去の貸し借りを叫び合う、この惨状のことを言うのでしょうか?」
「……何ですって?」
壁際に立ち、一連の醜態を「観測」していたイシュが、静かに一歩、踏み出した。その立ち居振る舞いは、激昂する伯爵夫妻よりも遥かに貴族的で、凍てつくように冷ややかだった。
「この場で、私は完全な部外者です。でも、だからこそわかることもある。夫人――貴女が今さら何を言おうと、目の前にあるこの現実は変わらない。貴女は今日、すべてを失った。それだけは、動かしがたい事実ですよ」
「……イシュ・ヴァーレン。商人風情が、よくもそのような生意気な口を聞けたものね。もとはと言えば、全部あなたのせいじゃない。あなたさえいなければ、娘がおかしくなることもなかったのに……!」



