旦那様、そろそろ離縁のご準備を〜契約結婚三年目、満了日を目前にして旦那様の様子がどこか変です〜


 フェリクスの、虚無に満ちた、しかし奇妙に澄んだ声。
 彼は、かつて自分を支配していた母親を、哀れな生き物を見るように見下ろした。そこには、恐れ一つ残っていない。

「母上。私もソフィアと同じ気持ちです。私はもう、これ以上貴女に縛られるつもりはない。これまで育ててくださった恩は感じています。ですが、もう終わりです。……私はこれまで、自分さえ我慢すればいいと思っていた。でも、そうじゃないということを、ソフィアに教えられたから」
「フェリクス、何を言うの……! あなたを一流の男に育てたのは、このわたくしよ! あなたまで母を侮辱するの!?」
「一流? ……一流なんかじゃない。こんなものは仮初(かりそめ)だ。――ソフィアと同じ。本当の私は、妹の前で無様に涙を流し、慰めてもらわなければ立ち上がれないほどの臆病者だ。母上……貴方の望む『完璧な跡取り』など、最初から存在しないのです。すべては、貴女の歪んだ欲望が生み出した幻想だ!」
「――ッ、……フェリクス!」

 フェリクスの魂の告白に、ヴィクトリアは扇を折れんばかりに握りしめた。
 最愛の、自慢の息子すらはもはや「敵」に回ったのだと悟った彼女は、自らの最後の砦――夫である伯爵に、必死な形相で縋りついた。

「あなた! 何とか言ってください! この子たちは、寄ってたかってわたくしを悪者に……! わたしが、ハリントンの名声を守るために、どれほど、どれほど心を砕いてきたか……!」
「ヴィクトリア……」

 伯爵が、ヴィクトリアの扇を優しく押さえるように、手を添える。

「……私が、私が悪かった。お前をこの家に縛り付け、名門の重圧をすべて背負わせたのはこの私だ。……これは私の罪だ。だから、もうやめてくれ」

 夫の謝罪。だがそれはヴィクトリアにとって、自らの全人生を「無価値な過ち」と断じる刃でしかなかった。