旦那様、そろそろ離縁のご準備を〜契約結婚三年目、満了日を目前にして旦那様の様子がどこか変です〜


 ヴィクトリアの手の中で、扇がミシミシと不吉な音を立てる。

「お母様に教えてあげるわ。わたし、今仕事をしているの。イシュと一緒に、服飾ブランドを経営しているのよ。『サーラ・レーヴ』――お母様も、一度くらいは聞いたことがあるでしょう?」
「――!」
「わたしはね、そのブランドを展開するために、イシュと共に帝国に渡るつもりでいたの。そのための『結婚』だった。旦那様は家督を継ぐための、わたしは資金を手に入れるための、三年契約のね。……つまり、離縁は最初から決まっていたこと。お母様の想像は、何もかも間違いだってことよ!」

 ソフィアは母を睨みつけた。
 母との決別。そして、兄を地獄に置き去りにした、臆病な自分自身を消し去るために。

「これまで育ててくださった恩は感じています。ですが、もう二度と、わたくしはお母様の言いなりにはなりません。貴女の『愛』という名の牢獄には、死んでも戻りませんわ」

「……、……黙りなさい」

 ヴィクトリアの瞳から、光が完全に消えた。
 流れるような動作で扇を振り上げ――殺意すら孕んだ鋭さで、ソフィアに向けて振り下ろす。

「――ッ、ソフィア!」

 レイモンドの罵声が耳をつんざく。彼が剣を抜こうとする、その刹那。
 それよりも早く、厳しい叱責の声がサロンに響き渡った。

「やめろ! ヴィクトリアッ!」

 その声に、ヴィクトリアの動きがピタリと止まった。
 振り向いた先。開かれた扉の向こうに、ソフィアの父――ハリントン伯爵が、これまでに見たこともない険しい顔つきで立っていた。