旦那様、そろそろ離縁のご準備を〜契約結婚三年目、満了日を目前にして旦那様の様子がどこか変です〜


 隣に立つレイモンドを視界の端に捉えれば、彼は今すぐにでも剣を抜き放ちそうなほど、激しい怒りに肩を震わせている。
 それでも、彼が剣を抜かずに堪えているのは、ソフィアのためだ。ヴィクトリアが妻の母親であるという、その一点のために。

 彼の優しさが、ソフィアの胸を突き刺す。

(……さようなら、お母様)

 本当は、どこかで期待していたのかもしれない。
 母が謝ってくれるのではないか。許しを乞うてくれるのではないか。
 だが、その淡い期待は今、永遠に瓦解した。ソフィアは、誰もが息を呑むほどの鮮やかな笑みをその顔に張り付ける。

「守る……? 違いますわ。貴女が守りたかったのは、わたしじゃない。自分の都合のいいように動く、ただの駒よ」
「……何ですって?」

 ヴィクトリアの美しい眉が、僅かに震えた。

「わたしはもう、貴女の元には戻りません。それは、ここにいるお兄様も同じです。……わたしが何も気づいていないとお思いでしたか? お母様がお兄様を打ち、心を壊し、それを『教育』と呼んで自分を正当化していたこと。……わたしは、全部知っていたわ」

 刹那、ヴィクトリアの顔から、すべての感情が抜け落ちた。
 無機質で、底の知れない空虚。
 だがソフィアは止まらない。責め立てるように、その空虚に向かって一歩踏み出した。

「知っていながら、わたしはずっと見て見ぬふりをしてきた。お母様に愛されていたかったから! 自分が打たれるのが怖かったから! わたしのこれまでの人生は、お兄様の犠牲の上に成り立っていた『偽物』だったの。でも、それは貴女も同じよ、お母様。あなたの目に映っているわたしは偽物(・・)よ、本当のわたしじゃないわ」
「……ソフィア。貴女、さっきから何を言っているの?」