旦那様、そろそろ離縁のご準備を〜契約結婚三年目、満了日を目前にして旦那様の様子がどこか変です〜


 ソフィアは、胸を抉られるような痛みを覚えた。
 確かに、母の勧める縁談を拒み、レイモンドを結婚相手に選んだ遠因は、あの事件にあったのかもしれない。
 けれど、ソフィアは知っていた。跡取りであるフェリクスが、あえて外交官という職を選んで家を空け続けていたのは、これ以上、妹を怖がらせないためだったということを。

「……お兄様。お願い、そんな顔をしないで」

 ソフィアは震える声で言った。
 怖い。逃げ出したい。けれどそれ以上に、兄を覆い尽くす孤独が、彼女の心を繋ぎ留めた。

「わたしは……お兄様を怖がってしまう自分が嫌だったの。お兄様が大好きだから……愛しているからこそ、怖がっている姿を見せたくなかった……。だから、逃げたのよ。お兄様を、これ以上傷つけたくなくて。――だって、わたし、ずっと前から気づいてたから。お兄様が、お母様に打たれていたこと。それを、止めたくて……でも、何もできなくて……せめて、お兄様の迷惑にならないようにしなきゃって……」
「――!」

 大粒の涙が、ソフィアの頬を伝い落ちる。

「なのに、逃げたの。……お兄様を置いて、逃げたのよ。だから……弱いのは、お兄様じゃないわ。お兄様はずっと、わたしたちを守ってくれた。わたしは……それを知っていたのに……」

 本当はわかっていた。自分が〝いい子〟でいるからといって、母の折檻が止むことはないだろうと。
 ただ自分は、正当化したかっただけなのだ。自分は兄の負担になっていないと、免罪符にしたかった。――それだけだった。でも。

「聞いて、お兄様。離縁のことは、お兄様のせいじゃないの。わたしと旦那様の結婚は、最初から三年の契約だったのよ。国外に行く計画も、三年前からイシュと立てていたもの。それはお兄様のせいじゃないわ。わたしが、わたしとして生きたかったからなのよ」