旦那様、そろそろ離縁のご準備を〜契約結婚三年目、満了日を目前にして旦那様の様子がどこか変です〜


 眩しい光の中で、幼い自分たちが笑っていた。
 土の匂い、風の音、そして、兄フェリクスの温かな掌。
「ソフィアは、本当に優しいね」
 その声に包まれながら、ソフィアは眠りの中にいた――。



 微かな木の香りと、古い紙が乾いたような匂いが、ソフィアを現実に引き戻した。
 重い瞼を開けると、埃の粒が午後の柔らかな光にきらめいている。

(……ここは、どこ……?)

 ソフィアは、自分が使い古されたソファの上に横たわり、柔らかな毛布を掛けられていることに気づいた。
 傾いた陽光に照らされているのは、簡素な木の机と、今は冷え切った古い暖炉。かつて大人たちの目を盗んで、兄たちと共に過ごした、森の奥の小さな小屋だ。

 窓の向こう、木々の隙間からは、ハリントン伯爵邸の重厚な裏側の壁が遠くに見える。

 ソフィアは一瞬だけ、時が戻ったかのような錯覚に陥った。だが、急速に蘇るオルディナでの光景が、その安らぎを恐怖に塗り潰した。

(そうだわ。わたし、オルディナで……お兄様に捕まって……)

 腕を掴まれたときの衝撃、馬車の中に引きずり込まれたときの絶望、そして、鼻を突いた薬の甘い匂い。
 ソフィアは反射的に自分の肩を抱いた。指先が触れた衣服越しに、七年前のあの夜の感触までもが蘇り、せり上がるような吐き気に襲われる。

 同時に、数日前のオスカーの言葉が脳裏をよぎった。
『母さんが兄さんに言ってたんだ。〝お前を屋敷に連れてこい〟って』――。

(……つまり、これはお母様の指示ってことよね。でも、どうして屋敷ではなく、この小屋なの……?)

 そのとき、古びた扉が重く、軋んだ音を立てて開いた。