旦那様、そろそろ離縁のご準備を〜契約結婚三年目、満了日を目前にして旦那様の様子がどこか変です〜



 それから半年が過ぎたころ。
 その日、屋敷は朝から、心地よい緊張感に包まれていた。

 重要な来客があるため、母ヴィクトリアは完璧な準備を整えていた。ソフィアも、母が選んでくれた最高級のレースがあしらわれたドレスを着て、お姫様のような気分だった。
 母の役に立ちたい。いい子にして、褒めてもらいたい。そんな無邪気な思いで胸がいっぱいだった。

「なぁソフィ、少し、外の空気を吸いに行かないか?」

 準備に飽きたオスカーが、悪戯っぽくウィンクをした。ソフィアは嬉しくなって頷き、二人でこっそりとテラスへ出た。

 ほんの少しのつもりだった。
 けれど、美しい蝶を追いかけて、ソフィアは薔薇の植え込みに近づきすぎた。

 ――ビリッ。

 刹那、乾いた音が、世界を止めた。
 振り返ると、繊細なレースの裾が薔薇の棘に引っかかり、無残に裂けてしまっていた。

 さあっと血の気が引いた。オスカーも顔面蒼白になっている。
 約束の時間は迫っている。着替え直す時間があるだろうか。


「……あの、お母さま。ごめんなさい、ドレスが……」

 だが、部屋に戻ったソフィアを見た母は、怒らなかった。
 鏡の前で髪を整えていた母は、裂けたドレスを鏡越しに一瞥し、ゆっくりと振り返った。

 その表情は、能面のように静かだった。

「……ソフィア」

 母の声は、いつも通り優雅で、落ち着いていた。けれど、なぜだろう。その声を聞いた瞬間、肌がぞわりと粟立ったのは。
 まるで、冷たい水の中に放り込まれたような寒気がした。

「このドレスを着付けるのに、どれほどの時間がかかるか、わかっているわね?」

 母は静かに、諭すように言った。

「もし、このせいで約束の時間に間に合わなくなったら、お客様はどう思うかしら。『ハリントン家は、約束の時間も守れないのか』と失望されるわね。それは、家の名誉を汚すことなのよ」
「ご、ごめんなさい……」
「謝罪は結構よ。――いいこと、ソフィア。この不始末の罰を受けるのは、あなたではないの」

 母の視線が、ソフィアの背後に控えていた侍女に向けられた。

「あなたのお世話を完璧にできなかった侍女か……それとも、あなたを監督する責任を負っているお兄様方かしら? わかるわね」

 ソフィアは息を呑んだ。
 自分が叱られるのではない。自分のせいで、誰かが罰を受ける?
 その意味がすぐには理解できず、ソフィアは呆然とする。

「待ってください!」

 耐えきれず、オスカーが前に出た。

「俺が誘ったんです! ソフィアは何も悪くない!」

 必死に妹を庇おうとするオスカーを、母は冷ややかに見下ろした。その瞳には慈悲の欠片もなく、ただ「浅はかだ」と断じる侮蔑の色が映っている。

「……オスカー」

 だが、母が口を開いた、その時だった。