それから半年が過ぎたころ。
その日、屋敷は朝から、心地よい緊張感に包まれていた。
重要な来客があるため、母ヴィクトリアは完璧な準備を整えていた。ソフィアも、母が選んでくれた最高級のレースがあしらわれたドレスを着て、お姫様のような気分だった。
母の役に立ちたい。いい子にして、褒めてもらいたい。そんな無邪気な思いで胸がいっぱいだった。
「なぁソフィ、少し、外の空気を吸いに行かないか?」
準備に飽きたオスカーが、悪戯っぽくウィンクをした。ソフィアは嬉しくなって頷き、二人でこっそりとテラスへ出た。
ほんの少しのつもりだった。
けれど、美しい蝶を追いかけて、ソフィアは薔薇の植え込みに近づきすぎた。
――ビリッ。
刹那、乾いた音が、世界を止めた。
振り返ると、繊細なレースの裾が薔薇の棘に引っかかり、無残に裂けてしまっていた。
さあっと血の気が引いた。オスカーも顔面蒼白になっている。
約束の時間は迫っている。着替え直す時間があるだろうか。
「……あの、お母さま。ごめんなさい、ドレスが……」
だが、部屋に戻ったソフィアを見た母は、怒らなかった。
鏡の前で髪を整えていた母は、裂けたドレスを鏡越しに一瞥し、ゆっくりと振り返った。
その表情は、能面のように静かだった。
「……ソフィア」
母の声は、いつも通り優雅で、落ち着いていた。けれど、なぜだろう。その声を聞いた瞬間、肌がぞわりと粟立ったのは。
まるで、冷たい水の中に放り込まれたような寒気がした。
「このドレスを着付けるのに、どれほどの時間がかかるか、わかっているわね?」
母は静かに、諭すように言った。
「もし、このせいで約束の時間に間に合わなくなったら、お客様はどう思うかしら。『ハリントン家は、約束の時間も守れないのか』と失望されるわね。それは、家の名誉を汚すことなのよ」
「ご、ごめんなさい……」
「謝罪は結構よ。――いいこと、ソフィア。この不始末の罰を受けるのは、あなたではないの」
母の視線が、ソフィアの背後に控えていた侍女に向けられた。
「あなたのお世話を完璧にできなかった侍女か……それとも、あなたを監督する責任を負っているお兄様方かしら? わかるわね」
ソフィアは息を呑んだ。
自分が叱られるのではない。自分のせいで、誰かが罰を受ける?
その意味がすぐには理解できず、ソフィアは呆然とする。
「待ってください!」
耐えきれず、オスカーが前に出た。
「俺が誘ったんです! ソフィアは何も悪くない!」
必死に妹を庇おうとするオスカーを、母は冷ややかに見下ろした。その瞳には慈悲の欠片もなく、ただ「浅はかだ」と断じる侮蔑の色が映っている。
「……オスカー」
だが、母が口を開いた、その時だった。



