「……ソフィアは、そんなこと一言も」
「逆に聞くけど、そんな醜聞、君に話せると思う? 形だけの夫に話すとでも? 僕だって、あの場に偶然居合わせたから知っているだけなんだ。そうじゃなければ何も知らないまま……当然、今この場所にもいなかっただろうね」
「…………」
イシュの言葉が、鋭利な刃物のようにレイモンドの胸を抉った。
確かにその通りだ。そんな醜聞、話せるはずがない。未遂かどうかの真偽など、他人には証明できない。話せば好奇の目で見られ、あらぬ噂を立てられるだけだ。メリットなど一つもない。
それがわかっていたから、オスカーもまた、自分が泥を被ることで妹を守ったのだ。
レイモンドは深く目を閉じ、感情を押し殺した。
自分は何も知らなかった。ソフィアが抱えていた深い闇も、彼女を守るために矢面に立ったオスカーのことも。
だが、今は自分を責めている場合ではない。
ソフィアの実家が、娘に直接的な危害を加えるとは考えにくい。フェリクスとて、悪気があったわけではないのかもしれない。
だが、今、かつての加害者である兄と、閉ざされた馬車の中にいるであろうソフィアが、いったいどんな気持ちでいるのか。恐怖で怯え、声を押し殺して泣いているのではないかと思うと、どうしようもなく胸が痛んだ。
(ソフィア……無事でいてくれ)
オルディナからハリントン領のマナーハウスまでは約三時間。
レイモンドは、はやる気持ちを抑えるように拳を握りしめ、馬車が一刻も早く目的地に着くことだけを祈った。



