旦那様、そろそろ離縁のご準備を〜契約結婚三年目、満了日を目前にして旦那様の様子がどこか変です〜


 レイモンドは絶句した。喉が引きつり、うまく声が出ない。
 ソフィアが実の兄に襲われかけた? そんな馬鹿な話があるものか。

 しかし、アリスが口元を押さえて震えている様子と、イシュの瞳の奥にある昏い光が、それが真実であることを残酷なまでに物語っていた。

「彼女はそのとき十六歳だった。……領地のマナーハウスで開かれた舞踏会で、フェリクス卿は酒に酔い、妹だとわからず手を出してしまったんだ。それを止めたのは、オスカー卿。彼はフェリクス卿を殴り飛ばして……僕が行ったとき、フェリクス卿は床で伸びていたよ」
「――っ」
「だが、その事件のことを、彼女の両親は何も知らない。あの場に居合わせたのは、オスカー卿と僕、そしてアリスの三人だけだ」
「……馬鹿な。オスカーは、両親に報告しなかったのか?」

 レイモンドは、まるで底なしの沼に引きずり込まれるような、抗い難い吐き気に襲われた。
 イシュは冷ややかに答える。

「もちろん報告しようとしたさ。でも、フィアが止めたんだ。もし両親が知れば、フェリクス卿は罰せられてしまう。それを危惧したんだろう。――でもその結果、フェリクス卿を意味もなく殴ったとして、オスカー卿が咎められた。彼はもともと両親とそりが合わなかったのもあって、最終的に、実家にいられなくなったんだ」

 レイモンドの全身から、力が抜けていく。
 フェリクスがソフィアを連れ去った理由。ソフィアが国外へ逃亡しようとした理由。レイモンドがソフィアから感じていた、どこか一線を引いているような違和感。全てが、この恐ろしい事実によって一本の線で繋がってしまった。