その言葉に、レイモンドの胸がざわめいた。ソフィアが結婚生活の後に国外で新しい人生を計画していた事実は、彼にとって決して小さくない衝撃だった。
三年間の生活が、彼女にとってはただの通過点でしかなかったのか――そんな思いが、じわりと胸に広がる。
「だから僕は、一週間前、彼女を誘ったんだ。『僕と一緒にイシュラへ行かないか』と。それが、さっき僕が乗ろうとしていた船だよ。……残念ながら、彼女は断りに来ただけだったみたいだけど」
「!」
イシュはわずかに肩をすくめ、隣のアリスを一瞥する。
――刹那、レイモンドの心臓がドクリと跳ねた。
こんな非常事態だというのに、彼女がイシュと共に去る選択をしなかったことに、安堵し、さらには暗い喜びすら感じている自分がいる。
同時に、腑に落ちる感覚もあった。ここ最近、彼女の態度に感じていた違和感。何かを隠し、迷っているような様子。その理由はこれだったのか。
「つまり……彼女の帝国行きは、ハリントン家にすら秘匿されていたと、そういうことか?」
「ああ、その通りだよ」
「理由は?」
「そんなの決まってる。実家に知られれば、止められるからさ」
イシュは窓の外、広がる牧草地に目をやりながら続けた。
「この国の貴族社会は古い。特にハリントン家のような名門は、伝統が全てといっても過言ではない。女性は家のために結婚し、子を産んでようやく発言権が得られる。女性が自由に将来を選ぶなど許されない。彼女のような才能ある女性にとって、鳥籠同然の世界だよ」
「……鳥籠」
イシュの言葉に、レイモンドは無意識に拳を握った。
確かに、イシュの言葉は理解できる。だが、これまでソフィアが実家のことを悪く言うところなど、ただの一度も見たことがない。
しかし、隣のアリスの横顔を盗み見れば、それが紛れもない事実であることが痛いほど伝わってきた。アリスは、主人の苦悩を知り尽くしている者の顔をしていた。
「……概ねは理解した。だが、やはり腑に落ちない。ソフィアが俺との離縁後にどういう計画でいたのかはわかったが、それがどうして、フェリクスがソフィアを連れていくことに繋がるんだ?」



