旦那様、そろそろ離縁のご準備を〜契約結婚三年目、満了日を目前にして旦那様の様子がどこか変です〜


 四頭立ての馬車は、石畳を蹴り上げ激しく揺れている。

 オルディナの喧騒が遠ざかるにつれ、車内は重苦しい沈黙が満ちていた。窓の外には、活気あふれる港町の雑踏がいつしか消え、代わりに豊かな緑と整然とした農地が広がる。しかし、車内の三人には、その美しい風景を眺める余裕などなかった。

 レイモンドはイシュ・ヴァーレンを鋭い視線で見据えていた。隣には、ソフィアの侍女であるアリスが、顔面蒼白で身を縮めて座っている。馬車の振動に合わせて、アリスの手が膝の上で小さく震える。
 レイモンドの胸には、焦燥が渦巻いていた。この男が、今、自分の妻を連れ去った犯人を追う馬車の中で、主導権を握っている。その事実が、レイモンドの苛立ちを加速させた。

 最初に口を開いたのはレイモンドだった。

「それで――フェリクスがソフィアを連れ去った、とは、どういうことだ。説明しろ。それに、なぜソフィアがオルディナにいた?」

 レイモンドは冷静さを保ちつつ、低い声で核心を突いた。
 イシュは静かに目を細め、レイモンドを見返す。その瞳には、焦りも怯えもない。

「君の質問に答えるには、まず僕と彼女の関係を君に理解してもらう必要がある」

 イシュは言葉を区切り、真剣な眼差しでレイモンドを見つめた。

「僕と彼女は仕事のパートナーだ。それは知っているかい?」
「ああ。彼女から聞いている」

 イシュは一つ頷くと、淡々と語り始める。

「彼女は、君との契約結婚を終えたら帝国へ渡り、新しい生活を始める予定だった。もともと、そういう計画だったんだ。でも事情が変わった。僕が急遽イシュラに戻ることになり、彼女を帝国へ連れていくことができなくなったからだ。さらに、フェリクス卿の次の赴任先が帝国であることが決定した」