旦那様、そろそろ離縁のご準備を〜契約結婚三年目、満了日を目前にして旦那様の様子がどこか変です〜


 ソフィアは遠ざかる風景を見つめ、静かに言葉を継いだ。

「どちらにせよ、お母様がわたしと旦那様の離縁に勘付いてしまった――そのことは、旦那様にお伝えしないといけないわ。でないと、イシュだけでなく、旦那様にも迷惑をかけてしまうことになる」

 アリスは心配そうに息を呑んだ。

「それはつまり、大奥様との関係をお伝えする、ということですか?」
「……できればそれは避けたいけど、状況によっては、話さないといけなくなるわね」

 侯爵である彼を、自分の不始末で巻き込むことだけは避けなければならない。

(彼を巻き込まないようにするためには、わたし自ら実家に戻るのが最善なのだけど……)

 ソフィアの心中では、まだ結論は出ていない。だが、何があろうとレイモンドを巻き込んではいけないと、それだけは決めていた。

「とにかく、今日はちゃんとイシュに伝えなくちゃ。一緒には行けないって……」

 ソフィアは決意を固め、前を向く。
 そうして馬車に揺られること二時間――正午を迎える少し前、ようやく、オルディナの交易港に到着した。


 船が出るのは午後一時。
 港は、異国からの船乗りや商人たちでごった返していた。潮の匂い、異国のスパイスの香り、人々の喧騒、そして活気が、馬車を降りたソフィアの周りを包み込む。
 ソフィアはアリスと共に船が停泊する桟橋へ向かい、乗る予定だった船を探した。

 帝国経由の貿易船だ。東洋風の装飾が施された、ひときわ目立つサイズの大型船――それはすぐに見つかった。
 だが、港は広く、桟橋までは人混みをかき分けて進まなければならない。荷物を積んだ荷車や、大声で指示を飛ばす仲仕(なかし)たちが行き交い、歩くだけでも一苦労だ。

「あれですよ、奥様。人が多いので、はぐれないようにしてくださいね」
「ええ、わかっているわ」

 ソフィアはアリスと寄り添い、船に向かって歩を進める。イシュとの待ち合わせは正午。きっともう、彼は桟橋で待っているはずだ。

 ――そのときだった。
 ソフィアは、背後から突然、強い力で腕を掴まれた。

「!」

 思わず息を呑み、反射的に振り返る。
 するとそこにいたのは――兄、フェリクスだった。