ソフィアは遠ざかる風景を見つめ、静かに言葉を継いだ。
「どちらにせよ、お母様がわたしと旦那様の離縁に勘付いてしまった――そのことは、旦那様にお伝えしないといけないわ。でないと、イシュだけでなく、旦那様にも迷惑をかけてしまうことになる」
アリスは心配そうに息を呑んだ。
「それはつまり、大奥様との関係をお伝えする、ということですか?」
「……できればそれは避けたいけど、状況によっては、話さないといけなくなるわね」
侯爵である彼を、自分の不始末で巻き込むことだけは避けなければならない。
(彼を巻き込まないようにするためには、わたし自ら実家に戻るのが最善なのだけど……)
ソフィアの心中では、まだ結論は出ていない。だが、何があろうとレイモンドを巻き込んではいけないと、それだけは決めていた。
「とにかく、今日はちゃんとイシュに伝えなくちゃ。一緒には行けないって……」
ソフィアは決意を固め、前を向く。
そうして馬車に揺られること二時間――正午を迎える少し前、ようやく、オルディナの交易港に到着した。
船が出るのは午後一時。
港は、異国からの船乗りや商人たちでごった返していた。潮の匂い、異国のスパイスの香り、人々の喧騒、そして活気が、馬車を降りたソフィアの周りを包み込む。
ソフィアはアリスと共に船が停泊する桟橋へ向かい、乗る予定だった船を探した。
帝国経由の貿易船だ。東洋風の装飾が施された、ひときわ目立つサイズの大型船――それはすぐに見つかった。
だが、港は広く、桟橋までは人混みをかき分けて進まなければならない。荷物を積んだ荷車や、大声で指示を飛ばす仲仕たちが行き交い、歩くだけでも一苦労だ。
「あれですよ、奥様。人が多いので、はぐれないようにしてくださいね」
「ええ、わかっているわ」
ソフィアはアリスと寄り添い、船に向かって歩を進める。イシュとの待ち合わせは正午。きっともう、彼は桟橋で待っているはずだ。
――そのときだった。
ソフィアは、背後から突然、強い力で腕を掴まれた。
「!」
思わず息を呑み、反射的に振り返る。
するとそこにいたのは――兄、フェリクスだった。



