旦那様、そろそろ離縁のご準備を〜契約結婚三年目、満了日を目前にして旦那様の様子がどこか変です〜


 一昨日の夜――波打ち際でのソフィアの言葉が蘇る。

『イシュとは、仕事のパートナーです。決して、恋人同士ではありません』

 あの時の彼女の瞳に偽りはなかった。レイモンドは彼女の言葉を信じたし、ソフィアがイシュに対して異性の愛を抱いていないことを確信した。

 だが、イシュの方もそうであるとは思えなかった。

 王宮での舞踏会のときに見せた、あの男の露骨なまでの挑発的な態度。ソフィアを『フィア』と親しげに呼ぶ不遜な声。ソフィアを見る、あの熱を帯びた瞳。
 その全てが、レイモンドの脳裏にこびりついて離れない。

 そして何より、イシュが放った言葉――「今すぐ離縁するのがソフィアのためだ」。
 あれがずっと、棘のように心に刺さっていた。

 そもそも、あと一月もしないうちに契約結婚の期日は満了し、離縁することになる。それなのに、なぜあの男はそれを待たず「今すぐに」と言ったのか。

 まさかソフィアは、契約の満了を待たず、イシュと共にどこかへ行くつもりなのではないか? ――と、舞踏会の後に考えてしまった疑念を、レイモンドはまだ消しきれていなかった。

 とはいえ、イシュの言葉の真意を、ソフィアに追求するのはおかしな話だ。彼女を詰問し、疑いの目を向けて、さらに心を遠ざけることは、レイモンドにとって最も恐れる事態である。
 それに、昨日の展望台でのソフィアの様子も気がかりだ。

 何がというわけではない。ただ何となく、自分は何か大きなものを見落としているのではと、そんな思いが拭えなかった。

(彼女は俺に『自分のどこが好きなのか』と尋ねた。だが、俺の返事を聞いた彼女の反応は……俺を信じられないというより……もっと、何か……)

 となれば、問いただすべき相手はただ一人。

(イシュ・ヴァーレン……あの男と、もう一度話さなければ)


 ふと顔を上げ窓の外に目をやると、港に停泊する艦船のマストが、沈みゆく夕陽に赤く染まっていた。遠くから、潮騒(しおさい)が低く響いている。

(……三日後、オルディナに向かうか)

 エミリオの怠け癖に呆れながらも、彼のもたらした情報は、今のレイモンドにとって何よりも価値のあるものだった。

 レイモンドは、硬く握りしめた手紙を執務机の上に置くと、小さく、けれど確かな決意の息を吐いた。