軍の施設内にある、彼専用の私的な執務室。
執務卓の上には、未決裁の書類や広げられた海図、そして天候計測用の真鍮製の気圧計などが並んでいる。全てが実務のための、無駄のない配置だ。
レイモンドは椅子に腰を下ろすと、潮と油に汚れた革手袋を外して卓上に放り、ペーパーナイフで封を切った。
中から出てきたのは、簡素な便箋が一枚。
走るような筆跡で記されていたのは、まずは任せていた密輸船の件に関する完了報告だった。任務は滞りなく終わった、と簡潔に記されている。
だが、続く文章を読んだ瞬間、レイモンドの口元が微かに歪んだ。
『――尚、情報収集の必要性を感じたため、数日間はオルディナに滞在する予定だ』
文面の軽さ、そしてとってつけたような理由。長年の付き合いがあるレイモンドには、エミリオの本音が透けて見えた。
「……あいつ」
(仕事をさぼりたいだけだろう。オルディナの美食と酒でも楽しむつもりか? まったく)
一昨日、自分の仕事を引き受けてくれたときは心底感謝し、友の情に胸を打たれたものだが、結局はこの体たらくだ。感動して損をした気分になる。
学生時代からの友人で同僚でもあるエミリオの、奔放でどこか怠惰な仕事ぶりは今に始まったことではない。それなりに見知った間柄ゆえの大きな呆れを吐き出しそうになった、その時だ。
追伸として記された最後の一文で、レイモンドの視線は凍りついたように止まった。
『追伸。三日後、ここオルディナから帝国経由で東大陸へ向かう船が出る。その船にイシュ・ヴァーレンが乗るという情報を掴んだ。――一度、腹を割って話してみたらどうだ?』
刹那、レイモンドの手の中で、便箋がくしゃりと音を立てた。
乾いた喉の奥から、重い息が漏れる。
「……イシュ・ヴァーレン」



