旦那様、そろそろ離縁のご準備を〜契約結婚三年目、満了日を目前にして旦那様の様子がどこか変です〜


 こうして、オスカーは屋敷を後にした。

 屋敷の玄関先で、兄を乗せた馬車が坂道を下っていくのを、ソフィアはじっと見送っていた。遠ざかる馬蹄の音が、まるでカウントダウンのように響く。

「奥様……」

 背後から、アリスがそっと近づいてきた。
 その表情は不安に揺れている。

「オスカー様のお話って……何だったんですか? ただの再会、というわけではなさそうでしたが……」

 ソフィアは馬車が見えなくなってもなお、視線を外さずに、小さな声で答えた。

「……どうやら、わたしが旦那様と離縁するという情報が、お母様に伝わったみたいなの」
「えっ!?」
「お母様が、フェリクスお兄様にそう言っていたらしいわ。『私を連れてきなさい』って」
「そ、そんな……。どうして……」

 アリスは絶句し、青ざめた手で口元を覆った。
 母が知っているということは、実家全体が動くということだ。そして、あのフェリクスが動くということでもある。
 このままでは、イシュラへの逃避行すら危ういものになるかもしれない。

「これから、どうなさるのですか……?」

 アリスの震える問いに、ソフィアは視線をゆっくりと海の方へと向けた。
 丘の上から見下ろす港には、数多の船が停泊している。その向こうには、どこまでも続く水平線。
それは自由への道か、それとも――。

「どうしようかしら」

 ソフィアは呟く。その声は風にさらわれ、誰にも届かない。

「でも……もう、あまり時間がないわ」

 契約満了まで、あと三週間。
 イシュラへ向かう船が出るまで、あと三日。
 迫りくる決断の時を前に、ソフィアはただ、遠く霞む水平線を見つめ続けることしかできなかった。