こうして、オスカーは屋敷を後にした。
屋敷の玄関先で、兄を乗せた馬車が坂道を下っていくのを、ソフィアはじっと見送っていた。遠ざかる馬蹄の音が、まるでカウントダウンのように響く。
「奥様……」
背後から、アリスがそっと近づいてきた。
その表情は不安に揺れている。
「オスカー様のお話って……何だったんですか? ただの再会、というわけではなさそうでしたが……」
ソフィアは馬車が見えなくなってもなお、視線を外さずに、小さな声で答えた。
「……どうやら、わたしが旦那様と離縁するという情報が、お母様に伝わったみたいなの」
「えっ!?」
「お母様が、フェリクスお兄様にそう言っていたらしいわ。『私を連れてきなさい』って」
「そ、そんな……。どうして……」
アリスは絶句し、青ざめた手で口元を覆った。
母が知っているということは、実家全体が動くということだ。そして、あのフェリクスが動くということでもある。
このままでは、イシュラへの逃避行すら危ういものになるかもしれない。
「これから、どうなさるのですか……?」
アリスの震える問いに、ソフィアは視線をゆっくりと海の方へと向けた。
丘の上から見下ろす港には、数多の船が停泊している。その向こうには、どこまでも続く水平線。
それは自由への道か、それとも――。
「どうしようかしら」
ソフィアは呟く。その声は風にさらわれ、誰にも届かない。
「でも……もう、あまり時間がないわ」
契約満了まで、あと三週間。
イシュラへ向かう船が出るまで、あと三日。
迫りくる決断の時を前に、ソフィアはただ、遠く霞む水平線を見つめ続けることしかできなかった。



