旦那様、そろそろ離縁のご準備を〜契約結婚三年目、満了日を目前にして旦那様の様子がどこか変です〜


「……少し話せるか? ……できれば、二人きりで」

 兄オスカーの真剣な眼差しに、ソフィアは胸のざわめきを抑えながら、静かに頷いた。
 本来ならば客間に通すべきところだが、人払いを望む兄の意図を汲み、ソフィアは彼を自室へと招き入れた。

 部屋に入ると、オスカーはテーブルの上に無造作に置かれた布に目を留めた。銀灰色のシルクと、紫の刺繍糸がかかった刺繍枠を、どこか意味深な面持ちで見つめる。

「……刺繍、続けてたんだな。……綺麗な色だ、よくできてる。ウィンダム侯に渡すのか?」
「ええ、そのつもりよ。よかったら、お兄様にも何か差し上げましょうか?」
「え? いや、別にそんなつもりは――」
「遠慮しないで。完成品が沢山あるのよ」

 確か引き出しに、刺繍を入れた男もののハンカチがあったはず。刺繍は趣味なので、贈る相手がいなくとも、ついつい作りすぎてしまうのだ。
 ソフィアは紺色のハンカチを取り出し、オスカーに手渡した。灰色の糸でフクロウが刺繍されている。
 オスカーはそれを受け取ると、「大事にする」と微笑んだ。

 ソフィアは微笑みかえし、ティーセットを用意する。
「お口に合うといいのですけれど」と、湯気の立つ紅茶を差し出すと、オスカーは懐かしそうに目を細めた。

「ありがとう、ソフィ」

 オスカーはカップを受け取り、一口含む。そうして、ほうっと息を吐いた。

「懐かしい味だな。安心する」
「ふふ、それは何よりですわ」

 オスカーは尚も微笑んだが、その視線はどこか定まらず、落ち着きのない様子が見て取れる。
 話をどう切り出すか悩んでいる顔だ。ソフィアは、自分から聞くことにした。
 ソファの対面に腰を下ろし、本題を切り出す。
 
「それで、お兄様。お話というのは? アリスを同席させないということは、よほどのことなのでしょう?」