旦那様、そろそろ離縁のご準備を〜契約結婚三年目、満了日を目前にして旦那様の様子がどこか変です〜


「アリス、紫で男性らしいもの……何かいい案はないかしら?」
「そうですね……葡萄の房などはいかがです? でも、それは以前ネクタイに刺しましたね」
「そうだったわ。じゃあ、盾や剣のモチーフは?」
「旦那様はお好きでしょうけれど……この繊細なシルクに合わせるには、少し無骨すぎませんか? 生地の光沢と合わない気がします」

 アリスと共に布を広げながら思案する。
 ふと、窓の外を横切る鳥の影が目に入った。レイモンドは鷹狩りを嗜み、屋敷でも鷹を飼っている。

「……では、紫の羽根はどう? 軽やかだけれど、デザインを工夫すれば力強さもでると思うの」
「それならよさそうです! 旦那様は鷹を飼っていらっしゃいますし、ウィンダム家の家紋は鷹と盾ですから丁度いいと思います」
「ではそれで決まりね」

 ソフィアは頷き、紫の刺繍糸を手に取った。
 アイテムは、この銀灰色のシルクを使ったクラバットにしよう。首元を飾る装飾品なら、軍服の下にも身につけられる。
 羽根の刺繍なら、男性らしさと優雅さを兼ね備え、レイモンドに似合うはずだ。

 こうしてソフィアは刺繍を始めた。
 レイモンドは今日、朝から夕方まで仕事で不在だ。時間はたっぷりある。
 静かな屋敷に、針が布をすべる微かな音だけが響く。
 一針、一針、紫の糸が銀の布に根を張っていく。無心で針を動かしていると、不思議と心が凪いでいった。

 だが、午後二時を過ぎたころ、その静寂が不意に破られた。
 控えめなノックの後、部屋に入ってきたメイドが、困惑した様子で告げたのだ。

「奥様、お客様がお見えです」
「お客様?」

 ソフィアは針を止め、隣でレース編みをしていたアリスと共に顔を上げた。
 今日は来客の予定などないはずだ。そもそも、この軍港の街にソフィアの知人などいない。

「どなた?」
「はい……それが、オスカー・ハリントン卿と名乗られました」

 ソフィアは目を見開いた。
 オスカー。それはソフィアの二番目の兄の名前だ。

「お兄様が……?」