「――だが、君と結婚してすべてが変わった。たとえ契約のための仮の姿だったとしても、君との生活には実家では決して得られなかった安らぎがあった。俺は、君の待つ屋敷に帰るのが楽しみになったんだ」
ソフィアは、その告白に息を詰めた。
レイモンドは一歩、ソフィアに近づく。その距離は、契約の境界線を越えているように思えた。
「君は誰が相手でも、決して逃げずに向き合おうとする。……俺は、君のそういうところが好きなんだ」
「――ッ」
ソフィアは息をすることさえ忘れそうになった。胸の奥底を強く揺さぶられた。『妻の役目』として演じていた振る舞いすら、彼は誠実さとして受け止め、愛してくれている。だが同時に、鋭い刃が心臓を貫くような痛みも走った。
(違う……旦那様は間違っているわ。わたしは、そんな風に褒めてもらえる人間じゃない)
自分が誠実であろうとしたのは報酬のためだ。すべては帝国へ行く資金集めのためだ。彼が愛しているのは、『完璧な妻』という仮面を被った自分であって、ありのままの自分ではない。兄フェリクスとも向き合えず、舞踏会では逃げ出したほどだ。
そんな自分の弱さを知ったら、レイモンドはどう思うのだろうか。きっと失望するに違いない。



