刹那、吹き抜ける風がソフィアのドレスの裾を大きく揺らした。
レイモンドは驚いたように目を見開き、それから少し照れたように視線を海へ戻す。
「……全部だ」
「え?」
風に紛れて消え入りそうなほど低い声だった。
「君の全てが好きだ。……だが、どうしても理由を挙げろと言うなら」
彼は言葉を探すように一度口を閉ざし、そして静かに続けた。
「君の、その誠実さだろうか」
「……誠実、ですか?」
予想外の言葉に、ソフィアは呆然とする。
――自分は、彼を欺いているというのに?
「ああ。君は、俺との結婚を契約だと割り切っていたはずだ。にも関わらず、君は俺を一度も軽んじなかった。俺の両親や親族、部下たちにまで、常に敬意を持って接してくれた」
レイモンドはそこで、少し遠い目をした。
「君も知っているだろうが、俺の家は物心ついたときから冷えきっていてな。父も母も人前では取り繕っていたが、互いに愛人を囲い、家庭を顧みることはなかった。そんな家庭だったから、弟たちともすっかり疎遠だ。俺は両親を軽蔑していたし、両親のようにはなるまいと思っていた。だが、気づけば俺自身、両親と同じような退廃的な生活を送っていたんだ。……そのせいで、過去に一度、婚約が破談になったこともある」
ソフィアはその事実を知っていた。結婚前にハリントン家が行った家柄調査で、レイモンドがかつて女性関係の醜聞で婚約を破棄されたことも報告されていたからだ。
だがそれは調査当時で三年以上が経過した過去の話であり、当時のレイモンドは『堅物』『女嫌い』と称されるほど変わっていたため、ソフィアは深く気に留めなかった。もちろん、それが正式な結婚相手となれば話が変わっていただろうが――。



