旦那様、そろそろ離縁のご準備を〜契約結婚三年目、満了日を目前にして旦那様の様子がどこか変です〜


 レストランを出た二人は、辻馬車を拾い、街の北側にある丘を目指した。石畳の坂道を揺られながら登っていくにつれ、窓外の景色は赤茶の屋根の連なりから、果てしなく広がる海原へと移り変わっていく。
 やがて馬車を降りると、そこはかつての砲台跡を利用した展望台だった。古びた石積みの壁が残る広場には、海から吹き上げる風が絶え間なく通り抜け、潮の匂いを運んでくる。

「少し風が出てきたな。寒くはないか?」

 レイモンドが自然な動作で風上(かざかみ)に立ち、ソフィアを庇うように背中を向けた。その背の広さと、気遣いの温かさに、ソフィアの胸はきゅっと痛んだ。

「平気です。とても良い眺めですわ」

 眼下には、陽光を浴びてきらめく軍港が広がっていた。大小さまざまな艦船が停泊し、白い帆が風を孕んで揺れている。水平線は緩やかな弧を描き、空の蒼と海の群青が溶け合う光景は、息を呑むほど美しかった。

 けれど、ソフィアの心は景色どころではなかった。レストランの前で「尋ねたいことがある」と切り出した問い。それを、まだ口にできていなかったからだ。

 レイモンドはソフィアを急かすことなく、ただ黙って隣で海を眺めている。
 その横顔を見上げ、ソフィアは意を決して口を開いた。

「あの……旦那様」
「ん?」
「先ほどの……質問のことなのですが」
「ああ。俺に聞きたいことがあると言っていたな」

 レイモンドがゆっくりと視線を落とす。その瞳は、眼前に広がる海のように深く澄んだ碧を湛え、心の奥まで見透かされているように感じられた。

「旦那様はおっしゃいましたよね。わたくしが『心を開いてくれて嬉しい』と」
「ああ、言ったな」
「それに、その……わたくしの瞳の色が好きだと」

 自分で言っていて、顔から火が出そうだ。けれど、ここで退くわけにはいかない。

「教えてください。旦那様は……わたくしの、どこを好いてくださっているのですか?」