旦那様、そろそろ離縁のご準備を〜契約結婚三年目、満了日を目前にして旦那様の様子がどこか変です〜


 店内は決して広くはないが、棚には外から見えたとおり、色とりどりの布や糸、リボンが整然と並んでいた。高級な布地はないものの、丈夫で扱いやすそうなものが多い。壁際には既製品のレースやリボンも吊るされていて、ソフィアは興味を惹かれた。
 首都の店では貴族や中産階級の客が多いため、既製品よりも手編みの品が主流だ。けれど、帝国では既製品の質が上がり、年々人気を高めているとイシュが言っていたことを思い出す。

(サーラ・レーヴも、いずれはこうした既製品を視野に入れなければならないかもしれないわ)

 そんなことを考えながら、ソフィアは棚に並ぶ布地の一枚に目を留めた。鮮やかな橙色――光にかざすと濁りがなく、綿布なのに発色が澄んでいる。

「これ、とても綺麗な色ね。染料は……コチニールを使っているのかしら? それにしてはずいぶん値段が手ごろだわ」

 呟いたソフィアの声に店員が微笑み、首を振った。

「ありがとうございます、奥様。けれど、ここにはそんな高級品はありませんわ。この布は、玉ねぎの皮とクルミの殻を使っているんです。組み合わせるとこのような色になるんですよ」
「まぁ! 玉ねぎの皮を染料にするのは知っていたけれど、クルミの殻でこれほど鮮やかな橙になるの? 知らなかったわ」

 ソフィアは驚きと感心を隠せず、布を光に透かしてじっと見入る。首都で見慣れた高級染料とは違う、日常の工夫から生まれた色合い――それが新鮮で、心を惹かれた。

 さらに壁際のレースに目をやる。既製の機械編みだが、端の処理が丁寧で、洗っても崩れにくそうだった。

「このレース、耳の処理がきれいね」
「レース自体は機械編みですが、耳の処理だけは手で行っているんです。軍港の方は洗いに強いものを好まれるので」
「なるほど。確かにこれなら、何度洗っても端がほどけないわ。こうして工夫しているのね……」

 店員とのやり取りに夢中になり、声が自然と弾んでいた。――気づけば、少し大人げなくはしゃいでしまっていた。