それでも針を進めるうちに、心は次第に刺繍へと没入していった。
やがて二時間ほどが過ぎ、花弁が完成に近づいた間際、ソフィアはふと呟く。
「……やっぱりここは、もっと淡い色の方がいいかしら。――アリス、藤色を取ってくれる?」
だが、少しして差し出されたのは藍色の糸だった。アリスにしては珍しい間違いだ。ソフィアは針を止め、首を傾げる。
「それは藍色よ。藤色はもっと紫が柔らかい――、……っ!」
けれど、顔を上げた瞬間、視界に映り込んだのはレイモンドの姿で。
ソフィアは一瞬にして蒼ざめる。
「……だ、旦那様っ!?」
声が裏返り、慌てて立ち上がった。
「申し訳ありません! てっきりアリスだと思って……。大変失礼いたしました」
いつから部屋にいたのだろう。ノックはしたのだろうか。――いや、レイモンドのことだ。きっとしたに違いない。自分が気づかなかっただけだ。
つまり、自分はレイモンドに挨拶すらせずに、作業をしていたことになる。しかも――部屋にいるはずのアリスの姿はない。
ソフィアが顔を赤くしたり青くしたりしていると、レイモンドは「ふっ」と吹き出した。
「驚かせたか。一応声はかけたんだが……」
「すっ、すみません。集中すると周りの声が聞こえなくて……」
「いや、俺の方こそすまなかった。それにしても、君の刺繍はいつ見ても見事だな」
「……ありがとうございます」
どうやらレイモンドは少しも気にしていない様子だ。ソフィアはほっと胸を撫でおろす。
「ところで、旦那様はどうしてお屋敷に? この時間はお仕事のはずでは……」



