そんなとき、傍らで糸を整えていたアリスが口を開いた。
「にしても、昨夜は本当に驚きましたよ。夕食のお手伝いをしていたら、旦那様と奥様が手を繋いで散歩なさっているんですもの。わたしはてっきり、イシュ様と一緒に行かれるものだと思っていたのに……。考えを変えられたのですか?」
ソフィアの肩が小さく震える。
「昨夜のことは触れないで。……自分でもどうしてああなったのか、わからないんだから」
昨夜、夜の波打ち際で……気づいたときには手を握られていた。しかも、嫌だと思わなかった。――舞踏会の夜、兄に腕を掴まれたときはあんなに恐ろしかったのに。
(旦那様の手は……大きくて、逞しくて……なのに、とても優しかった)
思い出した途端、頬が熱を帯びる。
(――やだ。わたしったら、なんてことを……)
ソフィアはふるふると首を振り、再び視線を布に落とした。
アリスは声を潜めて続ける。
「でもまさか、イシュ様と仕立て屋でお会いしたことが知られてしまうなんて。この状況で旦那様と離縁して東大陸へ渡られたら、旦那様は間違いなくイシュ様――ヴァーレン商会を真っ先に疑うのでは? 恋人ではないと言っても、契約結婚のことをご存じでだと知られてしまったわけですし……居場所が第三者に知られる可能性も考えなければなりません」
ソフィアは黙って頷いた。確かにその通りだ。
五日後、この状況のままイシュに付いて行くことになれば、レイモンドは必ずイシュを疑うだろう。サーラ・レーヴとの関係は知られていないが、イシュが仕事のパートナーだと伝えてしまったのだから。
(こんなことになったのは、全部自分のせい。それはわかっているけれど、本当に頭が痛いわ)



