(昨夜ほど、寝室が別で良かったと思ったことはないな)
白い結婚なのだから当然と言えば当然だが、二人の寝室は別である。
二人が契約結婚であることを知らない使用人たちには、その理由を、『レイモンドの生活が軍務の都合で不規則な為』と伝えてあるが、もし寝室が一緒だったら、気まずいどころの話ではなかった。
レイモンドはダイニングの扉の前に立つと、一度大きく深呼吸する。
中にはソフィアと使用人たちがいるはずだ。普段通りにしなければ。
扉を開けると、そこにはいつも通りの光景が広がっていた。
自分より先に席につき、こちらに微笑みを向けるソフィア。礼儀正しい使用人たち。
食卓に並ぶのは、軍人のレイモンドのために料理人が腕を振るった、ボリューミーな朝食だ。
「おはようございます、旦那様」
「おはよう、ソフィア。昨夜はよく眠れたか?」
「ええ、とても。旦那様も……」
言いかけて、ソフィアは言葉を止めた。
椅子に腰かけたレイモンドの顔をじっと見つめ、心配そうに顔を曇らせる。
「もしかして、どこか具合がお悪いのでは? 顔色がよくないように見えますけれど……」
「――!」
レイモンドは息を呑んだ。
(どうして、気付いた……?)
その声音も、表情も、何もかもが完璧だった。
今のソフィアは、夫の体調を心から気遣う妻――それ以外の何者でもない。
しかも、ソフィアのこういった言動は、これが初めてのことではなかった。
だからこそレイモンドは、ソフィアも自分のことが好きなのではと思い込んだのだ。
(これが、"契約妻"の言うことか? 使用人の誰一人として気付かない俺の不調を、彼女だけが――。なのに、それが全て演技だったと……?)
レイモンドは、テーブルの上の拳をぐっと握りしめる。
「いや……大丈夫だ、問題ない」
「……ならいいのですが。あまり無理はなさらないでくださいね? ただでさえ働き詰めなのですから」
――尚も自分を気遣うような、ソフィアの視線。
そんなソフィアの態度に、レイモンドの胸はズキンと痛んだ。



