眠れぬ夜を抱きしめて


まだよく状況が分からないままわたしが着席すると、匠海が「椿沙。」とわたしを呼ぶ。

わたしは驚きのまま目の前に立つ匠海を見上げた。

「さっきは嘘ついてごめん。実は残業ってのは、嘘なんだ。」
「えっ?」
「本当は、30分前に仕事を上がらせてもらって、先にここに来て準備をしてた。」
「準備?」
「うん。賢司さんに協力してもらって、"SEVENS BAL"を貸し切らせてもらったんだ。」

匠海の言葉に「ええ?!」と驚くわたしは、ふと賢ちゃんの方を向く。
賢ちゃんはこちらに向かい、ウインクをしながら、ピースサインをしていた。

「椿沙。」

落ち着いたトーンの匠海の呼び声で、匠海の方に視線を戻すと、匠海は優しく微笑んでいた。

「椿沙の為に弾きます。聴いてください。」

そう言うと、匠海はピアノの椅子に腰を掛け、鍵盤蓋を開けると鍵盤に手を添えた。
そして一呼吸を置いてから、匠海はピアノを奏で始めたのだ。

その曲は、わたしたちが大好きで、仲良くなるきっかけにもなった、『エバー·ファンタジーIII』のエンディング曲、『WHITE ROSE』だった。

店内に響く切ないバラード曲に、わたしはじんわりと涙を滲ませた。

それから、今まで匠海と過ごしてきた一年間の出来事が重なる。
楽しい事も、嬉しい事も、切ない事も、苦い事も、幸せな事も···、二人で分かち合ってきた。

わたしは匠海が弾く『WHITE ROSE』を聴きながら、首元に光る匠海からプレゼントしてもらったネックレスに指先を触れた。

今の気持ちを知っている言葉では表せない程に、わたしは胸いっぱいになっていた。

それから静かに『WHITE ROSE』が終わると、わたしは涙を流しながら大きな拍手を匠海に送った。

すると、ピアノの前から立ち上がった匠海がグランドピアノの陰から、何かを持ち出して来た。
それが見えた瞬間、わたしはハッと息が止まりそうになった。

「椿沙。今日は、椿沙に伝えたい事がある。」

そう言って、わたしの目の前まで歩み寄ってきた匠海の両手には白い薔薇の花束があったのだ。

「え、嘘でしょ······」

感動で手が震えるわたしの前に屈み、立膝をして白い薔薇の花束を差し出す匠海は、まるでアイリスにプロポーズをするブランクのようだった。

「椿沙、僕と結婚してください。」




―END―