「ごめん···、帰りが遅くなって······」
匠海はそう言いながら、わたしを抱き締める腕に力を込めた。
わたしは匠海の腕の中で涙を堪え、鼻水を啜る。
すると匠海は、そっとわたしから身体を離し、わたしの顔を覗き込んで指先で涙を拭ってくれた。
「···遅いよ。」
わたしが声を絞り出すようにそう言うと、匠海は申し訳なさそうに「ごめん。」と頭を下げた。
「本当に···、宝生さんと食事しに行っただけなの?」
「本当だよ。食事しただけ。」
「じゃあ、何で···こんなに遅かったの?」
「それは······」
わたしの問いに困ったような表情で言葉を詰まらせる匠海。
わたしは賢ちゃんのアドバイス通り、思い切って自分の今の気持ちをぶつけてみる事にした。
「わたしね···、匠海が宝生さんと仕事するようになってから、ずっと不安だった···。匠海は知ってるかどうか分からないけど···、宝生さんの良くない噂を耳にしてたから。」
わたしがそう言うと、匠海は何も言わずにわたしの方を真っ直ぐに見つめていた。
それからわたしは、まだ話を続けた。
「匠海とは、すれ違いの生活が続いてて、あまり会話も出来なくて···、本当はずっと寂しかったけど、仕事だから仕方ないって自分に言い聞かせて我慢してた。でもね、社内で···匠海と宝生さんが腕を組んで歩いてるって話を聞いて···、もう我慢できる自信がなくなってきちゃって······」
そう言いながらわたしが涙を流すと、匠海は「椿沙、それは誤解だよ。ちゃんと説明させてほしい。」と言って、わたしの髪の毛を撫でた。
「正直に話すと、確かに···宝生さんの噂は、俺も知ってた。だけど、仕事だし、大事な取引相手に失礼な行動は取れないから、俺なりに線引きをしながら仕事をしていたつもりだった。」
匠海はそう話しながら、わたしの手を握り締めた。
「そしたら、俺が思ってた以上に手強い人で···、何気無く腕を組んできたりするんだ。だから、俺はあまり強引にならないように振り解いてたし、宝生さんに『彼女がいるので、そのような事は控えてください。』って伝えてはいた。」
(匠海、彼女がいるって、伝えてくれてはいたんだ···)
「でも、椿沙に不安な思いをさせてて、本当に申し訳ない···。俺がもっと、椿沙に配慮するべきなのに······」
そう言って落ち込んだ様子を見せる匠海。
そんな匠海に、わたしは思い切って"あの話"をしてみる事にした。



