眠れぬ夜を抱きしめて


とあるビルの3階にある、賢ちゃんが経営する"SEVENS BAL"は、重圧感がある扉を開けた先にある。
身体の全体重を使いながら扉を押し開けて、中を覗いてみると、モダンな雰囲気のある店内は先客でいっぱいだった。

(やっぱりイブだから、混んでるよねぇ。)

そう思いながらも店内に入って見ると、いつも流れているBGMとは違う、ピアノの生演奏が奏でられている事に気付く。
ピアノが歌うように奏でる心地良く切ないバラードには聴き覚えがあり、わたしはハッとした。

(えっ、この曲って······)

わたしがそう思っていると、カウンターの向こう側で入口付近で突っ立ってわたしを見つけた賢ちゃんが「あら!椿沙じゃないのぉ〜!」と声を掛けてくれた。

「なぁに、そんなとこに突っ立ってるのよ!こっち来なさいよ!」

そう言って手招きしてくれる賢ちゃんの傍まで歩いて行ったわたしは、「来ちゃった。」と言いながら、賢ちゃんが立つカウンターの目の前の椅子に腰を掛けた。

「引っ越しはどう?落ち着いた?」
「まだ全然片付いてない。でも、まぁ、少しずつ片付けて行くから。」
「ごめんなさいねぇ。あたしのせいで······」
「全然!賢ちゃんのせいじゃないから!それより、賢ちゃんはどうなの?純一さんとの新婚生活っ!」

わたしの問いに恥ずかしそうに「うふふっ!」と笑う賢ちゃん。

法律上、男性として生まれてきた賢ちゃんと純一さんの結婚は認められるわけではないが、本人たちなりの愛のかたちにより始まった新婚生活。
色々障害もあるだろうが、賢ちゃん自身が幸せであれば、わたしは応援したいと思った。

すると、店内に流れていたピアノの音色が終わりを告げ、店内に拍手が響き渡る。
わたしは周りに合わせて拍手をしながら、ピアノの音色が聞こえていた方に顔を向けた。

「えっ···嘘。」

思わず驚きから拍手をする手を止めてしまう。
ピアノの椅子から立ち上がり、周りに丁寧に頭を下げながら、こちらへ向かって歩いて来たのは、同じ会社で働くあの雨笠匠海さんだったのだ。